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【話の肖像画】元プロ野球阪急選手 ロベルト・バルボン(4) お立ち台で関西弁の通訳

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【話の肖像画】
元プロ野球阪急選手 ロベルト・バルボン(4) お立ち台で関西弁の通訳

同じ中南米出身のマルカーノ(左)と=昭和57年、西宮第二球場 同じ中南米出身のマルカーノ(左)と=昭和57年、西宮第二球場

 〈阪急(現オリックス)は上田利治監督就任2年目の昭和50年にリーグ優勝。日本シリーズでは広島を倒し、初の日本一に輝くと翌51年、52年もリーグを制覇。シリーズでは西本幸雄前監督時代からの悲願だった打倒巨人を2年続けて果たし、黄金期を迎える〉

 上田さんは、僕がこれまで見てきた監督の中でナンバーワンや。ほんま、あれだけ野球が好きな人おらんわ。勉強ばかりしていて、ほとんど野球のことしか考えてなかったわ。藤井寺球場(大阪府藤井寺市)で近鉄のエース、鈴木(啓示)の投球フォームを見て、いつの間にか投げる球種によってくせが出ているのを見破ってしまったのには驚いた。

 僕は内野守備走塁コーチになったシーズン(49年)はサードのベースコーチも任されたけど、選手をホームへ突入させるかどうかの判断は簡単ではなかった。僕は自分が足が速かったから、ほとんどいけると思って腕を回して突入を指示したけど、よくアウトになって上田さんに怒られたわ(苦笑)。

 その後、2軍コーチを1年やって、上田さんにチームの通訳をやるように言われた。僕はスペイン語と英語を話せた。英語はアメリカで野球をしていたときと国交断絶前、キューバのウインターリーグへ来ていたアメリカ人選手との会話で覚えたんや。

 〈外国人選手のヒーローインタビューで関西弁を駆使する異色の通訳が誕生したのは51年。次第に話題を呼び、やがてテレビコマーシャルへの出演の声もかかった〉

 上田さんからは直接言われなかったが、僕の仕事はただ言葉を通訳するだけでなく、これまでの日本での選手やコーチとしての経験も生かしながら外国人の面倒を見たってくれ、ということなんやなと理解しとった。

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