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【話の肖像画】元プロ野球阪急選手・ロベルト・バルボン(2) 投手の牽制、今でもくせ分かる

俊足を飛ばしてホームイン=昭和33年5月16日、西宮球場の西鉄戦
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 〈生まれ故郷のキューバは野球王国。昭和34年にバティスタ政権を倒し、キューバ革命を成功させたフィデル・カストロ前国家評議会議長(平成28年死去)も野球好きで有名だった〉

 僕が生まれたのは首都ハバナから車で1時間半ほど離れたマタンサスという街。兄7人、姉6人の一番末っ子やった。テレビもラジオもない時代。父が経営する農園のサトウキビ畑が遊び場で、野球を覚えたのは10歳の頃。掃除で使うほうきの柄をバット代わりにして、ゴムボールを打っていたな。

 本格的に野球を始めたのは高校に入ってから。20歳前にメジャーリーガーを夢見てアメリカに渡り、キューバ人ばかりのチームできょうはジョージア、あすはカナダとバスで各地を転戦していた。長い長い遠征の繰り返しや。

 あるときアトランタの近くで夜中にバスがガソリンを給油するため、スタンドに停車。のどが渇いた僕が水道の蛇口を使っていたら、白人の店員に「ここはお前が水を飲む場所じゃない!」とこてんぱんに殴られた。黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンのドジャース入団(昭和22年)の後でも、南部ではまだ差別が残っていたんやな。キューバではしたことのない体験やった。

 阪急(現オリックス)に誘ってくれたのは村上実さん(元球団代表、パ・リーグ理事長=野球殿堂入り)。日本という国は知らなかったし、メジャーでプレーする夢もあったが、条件が良かったので承諾した。両親も賛成してくれた。日本の野球のレベルも分からなかったが、来日前には巨人がキューバへ遠征に来て、地元チームと試合をするのを見た。川上(哲治)さん、広岡(達朗)さんらがおったな。

 〈来日4年目の33年からは3年連続でパ・リーグの盗塁王を獲得。走りの極意は、相手投手のくせを見逃さない鋭い洞察力にあった〉

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