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【書評】書評家・石井千湖が読む『U(ウー)』皆川博子著 オスマン帝国の美少年兵とUボートの乗組員 時空超えた衝撃の物語

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【書評】
書評家・石井千湖が読む『U(ウー)』皆川博子著 オスマン帝国の美少年兵とUボートの乗組員 時空超えた衝撃の物語

 史実と呼ばれるものが地上にあるとしたら、『U』は地下の物語だ。捕虜救出作戦に挑む潜水艦Uボートの乗組員と、オスマン帝国の美少年兵。地上では接点のないはずの人たちが、作家の類いまれなる想像力によって生まれた地下の世界でつながる。

 1915年、第一次大戦ただなか。イギリス軍の手に渡ったUボートを、捕虜になった兵士がたったひとりで自沈させる任務に志願した。英雄を助けるため、ドイツ帝国の海軍大臣は別のUボートを派遣する。兵士と旧知の間柄である王立図書館の司書も艦に乗り込む。司書は何十年も見た目が変わらない不思議な男だ。彼は〈書物から私は生命を与えられているのです〉と言い、大臣に紙の束を預ける。そこには1613年にオスマン帝国に連れ去られたヨーロッパの少年たちの半生がつづられていた。

 司書が置いていった手記には書き手がふたりいる。トランシルバニアの貴族の息子、ヤーノシュと、ドイツの印刷業者の息子、シュテファンだ。彼らはいわば侵略者に対する捧(ささ)げ物として、故郷を離れ異国へ渡った。〈自分の意志の及ばない途方もなく大きな力にさらわれた〉とき、ヤーノシュとシュテファンは強い絆で結ばれる。一瞬指を絡みあわせるだけで、深い共感を示すくだりがいい。

 強制的に改宗させられ、母国語も奪われ、ヤーノシュは皇帝に仕える小姓に、シュテファンは歩兵になる。とくにヤーノシュの書いた部分が興味深い。17世紀のオスマン帝国の宮廷の内部が、まるで見てきたかのようにリアルに描写されているからだ。男も女も寵愛(ちょうあい)する皇帝、苛烈な権力闘争、相次ぐ戦乱。ヤーノシュは再びシュテファンと行動をともにするが……。

 彼らの彷徨(ほうこう)の終着点が、なぜ20世紀のドイツの潜水艦なのか。明らかになったときの衝撃は忘れがたい。いつ、どこで生きるかということは、誰にとっても選択の余地がほとんどない。時間と空間という鎖に縛られている人をこんな形で解放できるとは! 虚構という地下の暗闇でしか見いだせない自由がある。(文芸春秋・2200円+税)

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