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【話の肖像画】日系2世の政治学者・ダニエル・オキモト(2) 収容所で生まれ、差別され

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【話の肖像画】
日系2世の政治学者・ダニエル・オキモト(2) 収容所で生まれ、差別され

兄2人と姉に囲まれて写真に収まるダニエル・オキモト氏(写真中央)=提供写真 兄2人と姉に囲まれて写真に収まるダニエル・オキモト氏(写真中央)=提供写真

 私は1942年8月14日、ロサンゼルス近郊にあるサンタアニータ競馬場の馬小屋で生まれました。当時、ロサンゼルスとサンディエゴに住んでいた日本人は全員、サンタアニータの競馬場に送られたのです。その数は1万から1万5千。みんな小さなテントで暮らしていました。

 〈前年の12月8日未明、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃し日米が開戦。米国は日系人を「敵性市民」として強制収容した。日系人の抑留は終戦の45年8月15日以降まで約4年間も続いた〉

 馬小屋は、強制収容所の病院として使われていたのです。ちょうど午年に馬小屋で生まれたので、駆け足はとても速かったですよ(笑)。

 戦争はどのくらい続くのか、自分たちの運命がどうなるのか、まったく見当がつきませんでした。陰謀によってライオンの穴に送り込まれたダニエルが神に信頼され、かすり傷ひとつ負わず、翌朝、洞窟から生還したという逸話が聖書にはあります。キリスト教の宣教師だった両親は、自らの運命に照らし、私をダニエルと名付けました。

 日米が戦った太平洋戦争は、史上最も悲惨で破壊的な戦争でした。日米関係は最悪の状況でした。それでも両親は戦後、私ときょうだい、ほかの日系人たちにも最悪の日米関係を改善するために貢献するよう求めたのです。

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