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【話の肖像画】バレエダンサー ミハイル・バリシニコフ(3) 米国に亡命、新たな表現へ

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【話の肖像画】
バレエダンサー ミハイル・バリシニコフ(3) 米国に亡命、新たな表現へ

旧ソ連の「キーロフ・バレエ」でトップダンサー時代のバリシニコフ。「世界の創造」で熱演(バリシニコフ・プロダクションズ提供) 旧ソ連の「キーロフ・バレエ」でトップダンサー時代のバリシニコフ。「世界の創造」で熱演(バリシニコフ・プロダクションズ提供)

 〈米国へ亡命した74年、名門「アメリカン・バレエ・シアター(ABT)」に入団した。「プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ」(76年)で初めてコンテンポラリー・ダンスに挑んだほか、クラシック・バレエの傑作「くるみ割り人形」(77年)と「ドン・キホーテ」(78年)で振り付けを担当。その後、芸術監督としても手腕を発揮し、表現の自由を謳歌(おうか)した〉

 共演者に恵まれました。旧ソ連出身で西側に亡命したナタリア・マカロワなど、歴史に名を残す素晴らしいダンサーばかりです。私がニューヨークへ移住した際、生活に慣れるまでマカロワは本当によく面倒をみてくれました。

 78年から2年間は、名高い2人の振付師、ジョージ・バランシンとジェローム・ロビンズのいる「ニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)」に移籍しました。クラシック・バレエにコンテンポラリーの振り付けを取り入れたネオ・クラシックバレエに挑戦するためです。移籍後1年半の間は、この2人と組んでパフォーマンスを行い、最高の時間を過ごすことができました。

 そんなある日、ABTからプリンシパルと芸術監督への就任を求めるオファーがあり、引き受けることにしました。80年からの10年間は、(新しい演出を手がけた「白鳥の湖」の興行不振など)問題もあれば、最高の喜びを味わえる日もありました。私はこのABTという大きな船の進むべき方向性について、現代にマッチしたビジョンに従って導こうと試みたのですが、輝かしい成功を収めるときもあれば、失敗したときもありました。私の任期への評価を自分では下せません。人々の判断に任せるしかないのです。(聞き手 高橋天地)

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