産経ニュース

【話の肖像画】元大リーグ投手・大家友和(1) 母が前借りして野球用具を買ってくれていたことを後に知った

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【話の肖像画】
元大リーグ投手・大家友和(1) 母が前借りして野球用具を買ってくれていたことを後に知った

元大リーグ投手・大家友和さん(寺口純平撮影) 元大リーグ投手・大家友和さん(寺口純平撮影)

 〈日本プロ野球界に在籍5年でわずか1勝、その後、渡米。厳しいマイナーリーグからはい上がり、メジャー通算51勝を挙げた異色の大リーガーが今春、現役生活に終止符を打った〉

 最後はマイナーのキャンプに参加していたボルティモア・オリオールズから戦力外通告を受けての引退でした。やり残した気持ちはありません。プロとして生計を立てられていたのは横浜(現DeNA)でプレーしていた6年前まで。その後は日米の独立リーグなどでプレーを続けてきました。オリオールズのキャンプ参加はラストチャンスのつもりで、充実した野球生活でした。(戦力外通告を受け)将来を見据え、別の形で野球に携わる道を考えようと思いました。

 《野球を始めたのは小学3年生のとき。希望のポジションは捕手だった》

 当時放送されていた野球の人気アニメ「ドカベン」を見て、強肩強打の捕手だった主人公の山田太郎に憧れたのがきっかけでした。近くの河川敷にバット片手に出かけ、力いっぱい打球を飛ばすことが楽しみでした。そんな様子を見ていた母が「野球チームに入ればいいやんか」と言ってくれて。だけど、両親が離婚していて、母が弁当屋のアルバイトで男3人の兄弟を育ててくれていました。野球用具を一式そろえるとなるとお金がかかりますよね。後に給料を前借りしていたことを知りました。

 最初は山田太郎と同じ捕手を希望しました。だけど、目の前で打者がバットを振ると、目をつぶってしまう。コーチから「もう外野に回れ」と言われ、今度は返球を見て「肩が強い」と投手になることに。それからはずっと投手です。

 地元の中学は弱小でしたが、純粋に野球がうまくなりたくて、自主練習で夜に川の土手を走っていました。変化球は投げ方も知らず、下半身が鍛えられて球は速くなりました。高校進学時には京都府内の強豪から誘いもあり、その中でまだ歴史の浅い京都成章高を志望しました。問題はお金ですよね。

 助けてくれたのは、既に働いていた長兄でした。予定していた結婚を先延ばしにし、授業料を捻出する代わりに1つだけ条件を出されました。高校を卒業するときプロの入団テストを受けることでした。本気度を見たかったのだと思います。

続きを読む

「ライフ」のランキング