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【話の肖像画】小児外科医・吉岡秀人(2) 原風景は吹田の地下道

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【話の肖像画】
小児外科医・吉岡秀人(2) 原風景は吹田の地下道

母、末子さんに抱かれる幼い日の吉岡秀人氏。大阪府吹田市で多感な時期を過ごした=昭和41年(ジャパンハート提供) 母、末子さんに抱かれる幼い日の吉岡秀人氏。大阪府吹田市で多感な時期を過ごした=昭和41年(ジャパンハート提供)

 受験に失敗した上、予備校に入るのにも5回落ちたんですよ。6回目の試験でようやく文系のクラスに合格し、理系の授業はこっそり潜り込みました。で、1浪目が終わったときの偏差値は国語、数学、英語の3科目全て30台。「お前には勇気づけられるわ」とみんなに言われました。

 2浪目に本格的に理系に転向しました。人間ってやればできるって思ってるから、これがいいよと人に勧められても、自我があってなかなか受け入れない。でも本当に打ちのめされると、素直に何でもやるんです。私は2浪目が決まったときに打ちのめされ、予備校で言われたとおりの勉強を素直にやったら、どんどん成績が伸びていった。その年、何十年ぶりかに阪神が優勝したり、ハレー彗星(すいせい)が地球に接近したりとおかしなことがいっぱいあった。阪神が優勝したら僕も大学通るかも、なんて思っていたら本当に優勝して、その気になってきて、なだれ込むように大分大学の医学部に合格したんです。

 両親が一生懸命働いてサポートしてくれているのに、結果を残せない日々はつらかったけど、医者になって苦しんでいる人のために働くことが僕の人生のミッションなんだ、だから妥協しないし、心は折れない、と思いながら過ごしました。では、医者になったらどうするか。当時、一つ心に誓っていたことがありました。それは、絶対に発展途上国に行ってやろうということです。(聞き手 小林佳恵)

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