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【話の肖像画】ぴあ社長・矢内廣(1)奇跡で世に出た「授かりもの」 エンターテインメントを東北復興につなげる

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【話の肖像画】
ぴあ社長・矢内廣(1)奇跡で世に出た「授かりもの」 エンターテインメントを東北復興につなげる

ぴあ社長・矢内廣氏(寺河内美奈撮影) ぴあ社長・矢内廣氏(寺河内美奈撮影)

 〈情報誌「ぴあ」を創刊したのは昭和47年。映画・公演情報を網羅した新スタイルの雑誌は、若者文化に多大な影響を与えた。今年、渡辺晋賞を受賞。「私の人生で最高の勲章」とスピーチした〉

 「ぴあ」創刊や「チケットぴあ」と並んで、若手映画監督の発掘イベント「PFF」(ぴあフィルムフェスティバル)やエンターテインメントを東北復興につなげる「チームスマイル」も授賞理由に挙げてもらいました。私のこれまでの人生を肯定された、評価されたという思いが強かったですね。

 ぴあは“経済性”と“趣旨性”を車の両輪として、バランスを取りながら歩んできた企業です。利益を出すだけでいいのか、とやってきました。しかし資本主義の社会で、これを実行するのは相当難しいことです。PFFやチームスマイルはビジネスにはならない。だからこそ賞で、すべてを評価されたのはうれしかったです。

 〈ぴあ創刊は中央大学の在学中だった。創刊の経緯は「奇跡」と評される〉

 在学中にTBSのアルバイト仲間たちと始めました。映画や公演のエンタメ情報をひとまとめにした雑誌があったら、と思ったのです。

 だけど、問屋である取次店には相手にしてもらえず、直接書店に持ち込んでも断られました。そんなとき、日本読書新聞で田辺茂一さん(当時、紀伊國屋書店社長)の記事を読みました。電話してみると、いくつかの箇所を経て、最後は田辺さん本人が電話口に出られました。

 ぴあのことを話すと自宅に呼ばれ、そこから中村義治さん(当時、取次店の日本キリスト教書販売専務。後に東京・銀座の教文館社長)を紹介されました。中村さんに窮状を訴えると、書店宛てに100通を超える紹介状を書いてくれました。おかげで書店にぴあが並びました。

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