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ペギー葉山さんが繋げた1本の糸 門田隆将さん新刊「奇跡の歌」 望郷、鎮魂…「南国土佐」誕生秘話

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ペギー葉山さんが繋げた1本の糸 門田隆将さん新刊「奇跡の歌」 望郷、鎮魂…「南国土佐」誕生秘話

昨年12月のインタビュー時の門田隆将氏(左)とペギー葉山さん=東京都内のホテル 昨年12月のインタビュー時の門田隆将氏(左)とペギー葉山さん=東京都内のホテル

 ただ、戦後この歌が『南国土佐-』として整えられ、“ペギーさんのもの”になるまでには紆余(うよ)曲折があった。門田さんはそこに幾人かのキーパーソンを浮かび上がらせる。歌詞もメロディーもタイトルさえもバラバラだった「南国節」を部隊出身者から採譜し、『南国土佐-』として世に送り出した音楽家。そして、ペギーさんに白羽の矢を立てたNHKのプロデューサーらである。

 ジャズ・ポップス歌手として売り出したペギーさんは当初、民謡・演歌調の『南国土佐-』を歌うのを嫌がった。自分のイメージとは合わない、というのである。だが、NHKのプロデューサーは「ペギーさんのアルトの歌声こそが合う」と信じ、昭和33年12月、高知放送局開局記念番組のステージに、だまし討ちのようなやり方でペギーさんを立たせてしまう。

 それが大反響を呼ぶ。翌年、レコードとなった『南国土佐-』はミリオンヒットを記録、ペギーさんの代表曲となった。さらには在米日系人から「『南国土佐-』を歌ってほしい」と依頼され、渡米したときに『ドレミの歌』と出合い、自ら訳詞をつけた、その歌は東日本大震災の被災者も勇気づけた。門田さんは思う。「扉を開けたら次の扉があるように、すべてが奇跡のように1本の糸で繋(つな)がっていったのです」

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