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【温故地震】「板書」が明かす未知の津波被害 徳島・牟岐町と南海地震 都司嘉宣

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【温故地震】
「板書」が明かす未知の津波被害 徳島・牟岐町と南海地震 都司嘉宣

八幡神社奉納板書(徳島県牟岐町提供) 八幡神社奉納板書(徳島県牟岐町提供)

 四国南東部の太平洋岸に位置する徳島県牟岐(むぎ)町は、南海地震による津波に繰り返し襲われ、大きな被害が生じてきた。その様子はいくつかの碑文や古文書などに伝えられている。

 牟岐町中村の旧・牟岐小学校前にある「南海震災記念碑」は、1946(昭和21)年の昭和南海地震の津波で54人の犠牲者が出たと記録。また、その隣にある「大震潮記念碑」には、1854(安政元)年の安政南海地震で家屋640棟が流失し、39人が溺死したと刻んである。

 1707(宝永4)年の宝永地震で起きた津波の被害も、同町川長の八幡神社に伝わる「八幡神社奉納板書」が生々しく伝える。

 主な内容はこうだ。まず「静かだった海があっという間に洪水のような津波となって一気に押し寄せてきた」と描写。続いて「仏閣や民家など町のほぼ全ての建物に当たる700棟以上が押し流され、110人以上が溺れ死んだ」と記し、壊滅的な被害だったことを書きつづっている。

 だが、同町の被害を明記した資料が見つかっている南海地震はここまでだ。

 南海地震は、海側のフィリピン海プレート(岩板)が、海底の浅い溝である南海トラフの位置で、陸側のユーラシアプレートの下に沈み込む活動の影響で、繰り返し起きてきた。

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