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【アート 美】「妖艶に、そしてはんなりと」 北野恒富展 描き続けた艶美な上方美人

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「妖艶に、そしてはんなりと」 北野恒富展 描き続けた艶美な上方美人

北野恒富「願いの糸」大正3(1914)年 公益財団法人木下美術館 北野恒富「願いの糸」大正3(1914)年 公益財団法人木下美術館

 「妖艶(ようえん)」に、そして「はんなり」と、大阪の女性たちを描き続けた日本画家、北野恒富。「没後70年 北野恒富展 なにわの美人図鑑」(産経新聞社など主催)は、大阪市阿倍野区のあべのハルカス美術館で6日から7月17日まで開催される。数々のあでやかな名品でその生涯をたどりながら、彼の画塾から育った画家たちの作品もあわせて展示する。

 北野恒富は、浪速情緒をうたう美人画家として独自の画風を打ち立てたといわれる。

 北陸、金沢の生まれ。本名は富太郎。印刷物の版下を彫る仕事をしながら日本画も学んでいた若者が、版画修業を主目的に大阪にやってきたのは17歳のとき。就いた師匠は月岡芳年(1839~92年)門下の旧金沢藩士、稲野年恒(1858~1907年)である。

 芳年といえば血みどろの無残絵でおなじみだが、新聞社で挿絵を描いたりもした。その孫弟子の恒富もまた、風俗画を学んだあと大阪新報社に入社。挿絵を仕事にした。

 そのかたわら、日本美術協会や巽画会などに出品して賞を取り、明治43年、第4回文展に出品した「すだく虫」で本格的な画壇デビューを果たした。

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