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【夢を追う】元C-C-Bドラマー・笠浩二さん(2) “国家行事”の紅白出演

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【夢を追う】
元C-C-Bドラマー・笠浩二さん(2) “国家行事”の紅白出演

「Romanticが止まらない」のレコードジャケット。笠浩二さん(右端)がリードボーカルを担当した(ユニバーサル ミュージック合同会社提供) 「Romanticが止まらない」のレコードジャケット。笠浩二さん(右端)がリードボーカルを担当した(ユニバーサル ミュージック合同会社提供)

 《昭和37年、北九州市で生まれた。父の転勤で、小学1年の頃、東京に引っ越した》

 中学校でブラスバンド部に入ったのが、音楽との出合いでした。ホルンを吹いていましたが、先輩がドラムをたたく姿にあこがれ、ドラムを始めた。

 中3のとき、有名ブランド「TAMA」のドラムセットを買ってもらいました。80万円程度したと思います。両親には「アルバイトをして返すから」と言ったのですが、ショッピングセンターでちょっとバイトしただけでした…。

 社宅の3階でドラムの練習に励みました。下の階の人が引っ越しました。うるさかったせいかもしれません。

 《都立本所工業高校(葛飾区)へ進学したが、バンド活動に没頭し、3年の2学期で中退する》

 高校は10年先輩にフォーク歌手、なぎら健壱さん(65)がいました。なぎらさんには、後輩としてかわいがっていただいた。(デビュー後に)「笑っていいとも」の友達の輪につないでもらったりした。

 アマチュアバンド活動を続ける中、シモンズの電子ドラムがほしくなり、また親をだました(苦笑い)。120万円でした。

 《ミニFM局の企画で「Coconut Boys」を結成。昭和58年、念願のデビューを果たした》

 初シングル「Candy」は全農ヨープレイト(ヨーグルト食品)の、セカンドシングル「瞳少女」はロート製薬のCM曲に起用されました。CM起用でいけると思った。でも、売れなかった。

 「和製ビーチボーイズ」ということで砂浜で歌ったり、演奏中にヨープレイトを食べたりもしたんです。

 そのころ久留米市(福岡県)出身の「チェッカーズ」が、どんどん売れていきました。

 僕らは田舎バンドと違う、都会バンドで売り出そうということになり、僕の出身地も東京になった。本当は僕もチェッカーズと同じ九州出身なのに。年も少しさばを読まされました。

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