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【東日本大震災6年】脆いからこそ日常は美しい 作家・彩瀬まる

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【東日本大震災6年】
脆いからこそ日常は美しい 作家・彩瀬まる

 この原稿を書こうとキーボードに指を置いた瞬間、体がふっと浮き上がり、かたかたと戸棚が音を立て始めた。あ、と思ううちに揺れは収まり、キータッチ音の他になにも響かない静かな夜が戻ってくる。ネットのニュースで調べたところ、千葉県北西部でマグニチュード3・5、最大震度1の地震が発生したらしい。私はニュース画面を消し、仕事に戻った。

 6年前の3月11日も、こんな風に始まった。まずやってきたのは、「よくある」「普通の」「ちょっと待っていれば終わるだろう」小さな揺れだった。あ、揺れてる、と福島県の沿岸部を旅行中だった私は電車のシートに座ったまま、数センチずつ左右に振れる吊(つ)り革を見上げた。5秒、10秒、と円を描くような揺れは収まらず、長いですねと隣に座る人と苦笑する。

 不意に、がくんと視界が傾(かし)いだ。巨大な拳で四方八方から殴られているような暴力的な衝撃が車両を襲い、立っていた乗客がたまらずその場にうずくまった。猛烈な地鳴りと、人々の悲鳴。そしてそれが、どれだけ待っても終わらない。今になって思う。あれは、自分のいる場所が日常から引き千切(ちぎ)られていく音だった。それから私は地震で崩れた町を歩き、津波から逃げ、原発事故を間近に感じ、数日後、様々(さまざま)な人の助けを借りて命からがら元の暮らしへ戻った。

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