産経ニュース

【ゆうゆうLife】病と生きる 歌手・俳優 杉良太郎さん(72)

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【ゆうゆうLife】
病と生きる 歌手・俳優 杉良太郎さん(72)

杉良太郎さん 杉良太郎さん

 ■心不全による肺炎、死を意識 心臓手術経て生き方見直す

 歌手で俳優の杉良太郎さん(72)は、心臓からの血流が悪くなる大動脈弁狭窄(きょうさく)症を患い、一昨年末に大動脈弁の置換手術を受けた。手術前には初めて死を覚悟したといい、「これまで自分のことをほとんど考えずに生きてきたが、自分のための時間も増やしていきたい」と心境の変化を語った。(平沢裕子)

                   ◇

 手術を受ける5年前、平成22年2月に受けた人間ドックで、「心臓の大動脈弁の一部に軽い石灰化が認められる」と指摘されました。ただ、検査を担当した医師は「将来的には気を付けた方がいいですね」と言うぐらいで、私自身もたいしたことがないと思っていました。

 〈大動脈弁は、全身に血液を送り出す心臓の左心室の出口にある弁。動脈硬化などが原因で弁が固くなることを石灰化といい、石灰化が進むと大動脈弁狭窄症になって血液の通過できる面積が狭くなる。心不全や突然死のリスクが高くなる〉

 当時は仕事や福祉活動に忙しく、食事はほとんど外食。お酒も毎日のように飲んでいました。体重が増え、スーツも全部作り直したほどです。

 25年ごろ、立ち上がるときにふらふらとめまいがするようになりました。毎年受けていた心臓の検査では不整脈も出ていました。翌26年には不整脈が頻繁になり、外科の先生からは「早く手術をした方がいい」と言われました。でも、内科の先生は「まだ薬で大丈夫」。実際、薬で不整脈が抑えられてきたので、私自身もまだ手術は必要ないと思っていました。

                □  ■  □

 手術を決めたきっかけは、27年8月にロケ先の和歌山で倒れたことです。直前に風邪のような症状があったので病院へ行ったところ、肺炎で肺に水がたまっていると言われました。ドクターストップをかけるか聞かれたのですが、「ロケを終えたら入院します」と和歌山へ行ったんです。これがよくなかった。飛行機を降りて空港からロケ現場へ向かう車中でしゃべれなくなり、ホテルで夕食の席についたとたん、倒れ込んでしまいました。体は火が付いたように熱く、冷やしても熱が全然下がらなかった。「もう死んじゃうのでは」と人生で初めて死を意識しました。

 翌朝、飛行機で東京へ戻り、病院へ直行。検査で肺炎は心不全からくるものと分かりました。心臓から送り出せなくなった血液の液体成分が肺にしみ出し、その水の中で細菌が増殖して肺炎になっていたのです。即入院し、水を抜く治療をしました。

 いよいよ心臓の手術をしないといけないと考えていた入院中に、テレビドラマ「下町ロケット」(27年、TBS系)への出演依頼がありました。当初は断ろうと思ったのですが、プロデューサーらの熱意もあり、医師と相談して出演を決めました。

 ドラマは心臓の人工弁開発がテーマ。自分がこれから人工弁への置換手術をするというときに、役柄で人工弁の話をするのは複雑な気持ちでした。撮影終了後、病院に直行して入院、翌日に手術を受けました。

                □  ■  □

 これまで椎間板ヘルニアの手術で3回全身麻酔を受けましたが、手術の前に死ぬかもしれないと思ったことはなかった。でも、今回は心臓。医師から成功率が高いといわれていても、死を覚悟しました。手術時間は3時間ほど。約50分間、心臓を止めたそうです。手術は医師の説明通り無事に終了。痛みもほとんどありませんでした。

 今、健康を取り戻しましたが、1日3回の薬が欠かせません。薬をやめることができたら全快といえるのですが。

 手術を経て、桜の花をあと何回見ることができるだろうと考えるようになりました。これまでは忙しく過ごし、花見の時期も通りすがりに横目で見るだけ。でも、本当は花が散るまでじっと見ていたい。自分のことをほとんど考えずに生きてきたけど、自分の時間をもっと持ってもいいと。心臓の手術をしたんだから、もう、あんまり頑張らなくてもいいよと思えるようになりました。

 自分の経験から言えるのは、この病気の手術は体力のある若いうちにした方がいいということ。外科手術は体に負担がかかるので、お医者さんとよく相談して時期を決めることが大切です。

                   ◇

【プロフィル】杉良太郎

 すぎ・りょうたろう 昭和19年、神戸市生まれ。40年に歌手・俳優デビュー。テレビは「遠山の金さん」「右門捕物帖」など時代劇を中心に1400本以上に主演。ヒット曲に「すきま風」。長年、国際交流や福祉活動にも尽力。現在、厚生労働省の肝炎総合対策推進国民運動特別参与や日本とベトナム両国の特別大使などを務める。平成20年に緑綬褒章、21年に紫綬褒章、28年に文化功労者。

「ライフ」のランキング