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年末年始の読書の参考に…6人の選者による「2016 今年、私の3冊」
■文芸評論家・田中和生
〔1〕『薄情』絲山秋子著 (新潮社・1500円+税)
〔2〕『模範郷』リービ英雄著 (集英社・1400円+税)
〔3〕『籠の鸚鵡(おうむ)』辻原登著 (新潮社・1600円+税)
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〔1〕は、群馬県の高崎近くに住む、30代ぐらいの男性「宇田川静生」を一人称に近い三人称で描く。地方を舞台にして、ふつうの人がふつうに暮らしている、ということを表現しているのだが、これが文学作品としてどんなにすごいことか。ロマンスや事件の力に頼らず、研ぎ澄まされた文章だけで、そこに生きた世界を出現させている。
〔2〕の表題作は、エッセー風の私小説的な語り口で、作者自身を思わせる「ぼく」が、幼い日々を過ごした台湾の土地を、半世紀ぶりに訪れる顛末(てんまつ)を辿(たど)る。その土地は、戦前の日本統治時代に日本人が建設した「模範郷」という名前で、アメリカ人である「ぼく」の記憶を介し、英語と中国語を経由せずには存在しないその空間が、日本語の力で現前する。それは不思議なほど懐かしい。
〔3〕は、主に関西地方を舞台にして、スリルとサスペンスに満ちた物語を展開する。町役場の出納室長が、和歌山市内のスナックで妙齢の美女と出会って人生を変えられていくが、読みどころはヨーロッパ近代文学と日本文化が結婚して生まれたような、そのヒロイン「カヨ子」の造形だ。現代文学の最前線で、小説を読む醍醐味(だいごみ)を味わえる。