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【書評】詩人、中原かおりが読む『綴られる愛人』井上荒野著 手紙で操られていく男の心

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【書評】
詩人、中原かおりが読む『綴られる愛人』井上荒野著 手紙で操られていく男の心

『綴られる愛人』井上荒野著(集英社・1500円+税) 『綴られる愛人』井上荒野著(集英社・1500円+税)

 散歩がてらに本だけを抱えて海辺のカフェに行ったが、結局日が落ちるまでいて一気に通読してしまった。その間一切何も耳に入らなかった。特定のジャンルに括(くく)ってしまえない、極上の恋愛ストーリーと心理サスペンスが巧みに相高まり迫ってくる小説だ。

 東京在住35歳の人気作家、天谷柚(あまがい・ゆう)と富山に住む21歳の大学生、森航大。それぞれ28歳の専業主婦「凛子(りんこ)」、35歳のエリートサラリーマン「クモオ」と身分を偽り文通を始める。メールでも電話でもなく、「綴(つづ)り人の会」という文通会を通して。

 柚は編集者の夫に仕事も生活も全てを支配されており、航大は就活にも学生生活にも希望を見いだせないでいる。手紙の上で凛子とクモオになった2人は満たされない現実を埋めるように互いを貪(むさぼ)り求めていく。

 凛子は夫のDVを絶妙な言葉選びで訴え、クモオはじわじわと彼女の糸に絡(から)めとられる。「ペンの先にはあなたがいるの。というか、あなたが私にこれを書かせているの」「今は死にたくない。クモオさんと出会ったから。あなたに会いたいから」…。

 籠(かご)の鳥のような様子の凛子だが、実にしたたかに手紙だけでクモオを繰っていく。籠から出るための犯罪計画を匂わせる。嘘の中に見え隠れするほんの少しの真情が2人を後押しする。

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