産経ニュース

【書評】文芸評論家・友田健太郎が読む『世界一ありふれた答え』谷川直子著 何が自分を苦しめるのか

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【書評】
文芸評論家・友田健太郎が読む『世界一ありふれた答え』谷川直子著 何が自分を苦しめるのか

『世界一ありふれた答え』谷川直子著(河出書房新社・1400円+税) 『世界一ありふれた答え』谷川直子著(河出書房新社・1400円+税)

 15年連れ添った夫に去られた40歳のまゆこ。塾講師だった夫を市会議員に立候補させ、ずっと参謀役として支えてきた。ところが、市長の座を狙えるところまで来た今になって、夫は他の女性を選んだのだ。何という裏切り。

 長年の努力が全て無駄になったとむなしい思いに囚(とら)われ、鬱病になり、カウンセリングを受けるまゆこの前に、同じクリニックに通う雨宮トキオが現れる。ピアニストなのに右手の指が思い通りに動かない病にかかり、絶望のあまりやはり鬱になってしまった。2人は過去を乗り越えて生き直すことができるのか。

 傷心の女性の前にイケメン天才ピアニストが登場するのは都合が良すぎるような気がしないでもない。だがそれも彩りの一つ。トキオはまゆこにドビュッシーの「アラベスク」を教え、この曲が2人の関係の鍵となる。「アラベスク」の曲調は動く水のイメージで描かれ、まゆこが曲を弾いている時だけは、鬱病で止まった時間も流れ出すのだ。ピアノの音色やピアノを弾く指の動きの描写が繊細で美しい。

 まゆこをカウンセリングする頼子先生の言葉は含蓄に富んでおり、説得力がある。人生に失敗したと落ち込むまゆこに「失敗するのはいけないことですか?」と問いかける。カウンセリングを通じて、まゆこはそれまでの生き方の矛盾に目を開いていく。夫が主役と言いながら、同等に扱われたいと望んだり、夫や有権者の信頼を得ようとしながら、自分では人を信じていなかったり。

続きを読む

「ライフ」のランキング