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【書評】東京大学准教授・阿部公彦が読む『村上春樹と私』ジェイ・ルービン著 寡黙で義理堅い作家の素顔

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【書評】
東京大学准教授・阿部公彦が読む『村上春樹と私』ジェイ・ルービン著 寡黙で義理堅い作家の素顔

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 村上春樹が世界的な人気を博するようになった背景には名翻訳者がいたと言われる。ジェイ・ルービンはとくに功績の大きかった人物で、村上との親交の深さでも知られる。本書の楽しみのひとつは、公の場にあまり姿を見せない作家の素顔を、親しい翻訳者の目を通して垣間見ることにある。スキーで激しく転倒しながらも、何度も同じ難所に挑戦してついに克服した村上。その帰り道、居眠り運転していたようにも見えた村上(真相は不明)。「これは何の象徴ですか?」という質問は苦手な村上。翻訳者の細かい確認には、面倒くさくてもきちんと対応する村上。米国でのトークショーには1千人近くの聴衆がつめかけるが、人柄としては寡黙で、繊細で、義理堅いという村上。

 しかし、本書ではこうしたエピソードと並走するようにして、より意味深長な問いも発せられる。翻訳者とは何者か?というものである。ルービンは終始、低姿勢だが、英語版・村上春樹を世に出すにあたり彼の果たした役割は大きかった。「バタ臭い日本語」を書くとされる村上だが、英訳となると『1Q84』の「リトル・ピープル」は単数形なのか複数形なのかといったベタな問題が生ずる。翻訳者の腕の見せどころだ。作家のミスを見つけることもある。どの作品を訳出するかの判断、原文の縮約など、重要な仕事は多い。

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