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【解答乱麻】「なぜ、いじめはいけないのか」「いじめられる側にも問題はないのか」…いじめの本質考える道徳教育が必要だ 武蔵野大教授・貝塚茂樹

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【解答乱麻】
「なぜ、いじめはいけないのか」「いじめられる側にも問題はないのか」…いじめの本質考える道徳教育が必要だ 武蔵野大教授・貝塚茂樹

 また教材を通して加害者、被害者、傍観者、あるいは仲裁者の立場に立ちながら、いじめ問題を多面的・多角的に考えたり、議論することができるのも道徳科の特質である。

 ところが従来の道徳授業は、読み物教材の登場人物の心情理解のみに偏る授業であったり、分かり切ったことを言わせたり書かせたりする授業に終始しがちだった。そのため多くの授業はいじめ問題に十分に対応できなかった。いじめを正面から取り上げた教材も少なかった。

 「いじめが悪い」ということを子供たちは頭では理解している。それでもいじめがなくならないのは、「いじめが悪い」ということを自分の問題として自覚していないからである。道徳科の授業では「ならぬことはならぬ」ということをしっかり教えた上で、いじめ問題の本質を深く理解し、自分はどうすべきか考え判断し、実践できる力を育成するものへと転換する必要がある。いじめを「自分事」として捉え、いわば「腑(ふ)に落ちる」という経験をしなければ自覚が生まれることはない。

 一方で道徳教育はいじめ問題の解決をめざすものではないという批判もある。しかし学習指導要領において道徳教育が、「自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基礎となる道徳性を養うこと」を目標としていることを忘れてはいけない。「他者」との関係性が深刻に崩れている顕著な状況がいじめであるとすれば、「他者と共によりよく生きる」という目標を実現するためには、いじめ問題を視線から外すことはできない。

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