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【追悼】二上達也さん 棋士として貫いた美学と矜持 羽生善治棋聖

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【追悼】
二上達也さん 棋士として貫いた美学と矜持 羽生善治棋聖

平成12年の棋聖就位式で、日本将棋連盟会長で師匠の二上達也九段(左)から就位状を贈られた羽生善治棋聖 平成12年の棋聖就位式で、日本将棋連盟会長で師匠の二上達也九段(左)から就位状を贈られた羽生善治棋聖

 17歳のとき、アマ名人の北海道代表になり、翌年に奨励会に入会、8カ月でプロになり、5年後には順位戦最高のA級八段になっていた師匠は将棋界に彗星(すいせい)のように現れた存在でした。

 史上最年少で四段に昇段し、18歳でA級に昇級した加藤一二三(ひふみ)九段とともに将棋界の「若きヌーベルバーグ」と呼ばれていました。当時は大山康晴十五世名人、升田幸三実力制第4代名人の全盛時代。ここから熾烈(しれつ)なタイトル争いを繰り広げます。

 師匠の将棋は急戦調を好む切れ味鋭い棋風。同じようなスタイルの升田先生とはほぼ互角の勝負でしたが、受けることを苦にしない大山先生は苦手にしていたようです。しかし、第12期王将戦(昭和38年)でその大山先生から4勝2敗で初タイトルを獲得します。また、第8期棋聖戦(41年)でも大山先生を破っています。

 56年に、通っていた道場の顧問であった先生の所に弟子入りのお願いに伺いました。当時は将棋界や棋士についても全く知らずにいたのでとても緊張した記憶があります。初対面の師匠はとても物静かに話す人で、ここで棋士のイメージができたのですが、後にそれは例外中の例外であることを知りました。

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