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【書評】書評家・倉本さおりが読む『すべての見えない光』アンソニー・ドーア著、藤井光訳 「読む」という営みの尊さ

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【書評】
書評家・倉本さおりが読む『すべての見えない光』アンソニー・ドーア著、藤井光訳 「読む」という営みの尊さ

『すべての見えない光』アンソニー・ドーア著、藤井光訳(新潮社・2700円+税) 『すべての見えない光』アンソニー・ドーア著、藤井光訳(新潮社・2700円+税)

 はじめて「世界」に触れた瞬間の、途方もない輝き。視界が奥行きを増し、自分の未来がひらかれていくのを肌で感じる-。そんな幼き者たちのまっすぐな光が、戦渦に蹂躙(じゅうりん)されながらも再び力を取り戻すまでの過程を描き切るピュリツァー賞受賞作だ。

 フランス人の少女とドイツの少年兵。後に交わる2つの人生を行きつ戻りつしながら物語は丹念に編まれていく。

 パリで暮らす聡明(そうめい)な少女・マリー=ロールは6歳の時に失明してしまう。だが、膨大な展示物に囲まれた自然史博物館で働く父親に毎日ついて回り、五感を総動員しながら探検を繰り返すうち、彼女の心には驚くほど緻密で豊かな地図が描き込まれるようになる。加えて、点字で綴(つづ)られた分厚い本の存在が、彼女の世界をのびやかに押し広げる。

 一方、ドイツの孤児院で育った少年・ヴェルナーは炭坑夫として使い捨てにされる人生を半ば義務付けられているが、ある日、壊れたラジオを拾って直したことで、世界を解きほぐす喜びを知る。やがて独学で物理の素養を身につけた彼は、さらなる勉学を夢見て士官学校へ飛び込む。

 例えば、生クリームのたっぷり載ったケーキ。どんなに賢くても実際はまだ幼いヴェルナーの目に、特権階級の暮らしぶりは否応(いやおう)なく魅力的に映る。なにより自分の力が十全に生かされ、求められることの達成感。熱に浮かされ、見るべきものからほんの少しだけ目を背けた彼は、後戻りのできない道--戦地へと駆り出されてしまう。

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