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【書評倶楽部】
『本当の夜をさがして』ポール・ボガード著 闇の世界の豊かさを取り戻すきっかけに 興福寺貫首・多川俊映
私たちが住む地球のかなりの部分は、本書によれば、「さながら火事のように燃えている」。それは、「人工の光はみな、身近なものを照らすというささやかな任務を終えたあと、空に漏れ出てしま」うからだという。
そして、「北アメリカやヨーロッパほど明るく輝く大陸はない。欧米人のおよそ三分の二は、もはや本当の夜--つまり本当の暗闇--を経験したことがなく、そのほぼ全員が光害にさらされた地域に住んでいると考えられている」というが、日本だって同じようなものだろう。
世は、光と音のページェントの舞台と化し、まばゆい光と喧噪(けんそう)がいささかの遠慮もなく支配している。結果、多くの人々が落ち着きを失い、大きく変調している。
毎年8月、奈良公園一帯では、「なら燈花会(とうかえ)」という10日間の催事があり、今年18回目を迎えた。来訪者数はここ数年、90万人をキープ。奈良の新しい年中行事として、すっかり定着した感がある。
この催事では、1日約2万本のロウソクが灯(とも)され、古都奈良の夜を幻想的に浮かび上がらせる。しかし、主役はむしろ、奈良の深い闇と静けさではないか。というのが、評者の最初から一貫した見方だ。近代以前の人々にとって、「ろうそくは『闇を見る道具』」でもあったらしい。