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【書評】小学館辞書編集部副編集長、大江和弘が読む『ヒトラー 上下』イアン・カーショー著、石田勇治監修

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【書評】
小学館辞書編集部副編集長、大江和弘が読む『ヒトラー 上下』イアン・カーショー著、石田勇治監修

『ヒトラー 上下』イアン・カーショー著、石田勇治監修 『ヒトラー 上下』イアン・カーショー著、石田勇治監修

 ■独裁を可能にしたものとは

 「この男は、約束したことは守る人間だという印象を受けた」-。政治家に庶民が求め続け、裏切られがちな資質である「信頼」。ナチスドイツのヒトラーがそれを具有している男だと評する、時の英国首相チェンバレンが残した言葉だ。1938年、ミュンヘン会談。彼が進めた対ドイツ宥和(ゆうわ)政策は、後にさんざん批判にさらされてきた。冒頭の評価も政治センスの欠如のしるしとして知られる。

 本書は、英国のナチス研究の泰斗である著者が、ゲッベルスらナチス政権幹部だけでなく、秘書官や各国首脳、さらには市井の国民の日記・手記など、生々しい証言をもとに編み上げた「ヒトラー学」の金字塔である。上下巻あわせて1946ページ。

 昨年暮れに出た上巻(1889-1936 傲慢)はヒトラーの誕生につきまとう彼のユダヤ人出自説の究明から始まる。そして、不遇だがオペラ観賞に明け暮れた浪人時代、数少ない友人との交流は、自意識と社会のはざまで葛藤する男の青春小説のごとき筆致でぐいぐいと読ませる。また、かのエファ・ブラウンだけでなく、自らの姪(めい)でありながら、ただならぬ愛情を注いだゲリ・ラウバル、さらには保養地の村娘との短い恋など、ヒトラーをとりまく女性たちとの関係も鮮烈だ。「喜ぶと、太ももをぴしゃりと叩(たた)くくせがある」など、人間くさい描写も多い。

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