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【英EU離脱2カ月・動画付き】紳士服のトップバイヤーが目の当たりにした「ブレグジット」 関税の“往復ビンタ”で日本に影響も…

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【英EU離脱2カ月・動画付き】
紳士服のトップバイヤーが目の当たりにした「ブレグジット」 関税の“往復ビンタ”で日本に影響も…

4万人が参加した「ヨーロッパのための行進」デモには、英国とEUの融和をフェイスペイントにした女性たちも(ロイター) 4万人が参加した「ヨーロッパのための行進」デモには、英国とEUの融和をフェイスペイントにした女性たちも(ロイター)

 英国の欧州連合(EU)離脱(Brexit=ブレグジット)を問う国民投票から2カ月近く。米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(電子版)によると8月、英独立系シンクタンクがブレグジッドによる英国経済への打撃はGDP(国内総生産)の2.5~6%に上るとの推計を公表するなど、その波紋は収まっていない。

 6月の国民投票の前後、英国と欧州でブレグジットに揺れる現地を見てきた松屋銀座(東京)の紳士服バイヤー、宮崎俊一さんにその様子を語ってもらった。

CMのインパクト

 6月23日の国民投票の日、僕は出張で英国にいました。英国に着いたのは18日ですが、投票日までの日々はテレビでも街頭でもずっと、離脱、残留の双方のキャンペーンをやっていました。

 特に印象に残ったのが、EU離脱派のテレビCMです。女性が体調を崩した老母を病院に連れて行くんですが、そこで画面が2つに分かれる。片方は離脱した場合で、もう片方はEUに残った場合です。離脱した方は、病院についてまもなく、診察と治療が始まり、女性と老母は笑顔で帰って行く。でも残留した方の画面では、もう一方の画面が暗くなっても、2人はまだ待合室で待たされている。そして、「英国は毎週3億5000万ポンドをEUに支払っている。それだけあれば、毎週新しい病院が建てられる」というテロップが流れる。そして最後に「私たちのお金を私たちの手に取り戻そう」と呼びかける内容です。

 これはかなりのインパクトです。いわゆる労働者階級の人なら特に、自分のことに置き換えて見ざるを得なかったでしょう。

半日で20円下落

 当日はテレビで明け方までずっと開票速報というか、特集番組をやっていました。興味があったのでずっと見ていたのですが、午前2時ごろには「これはもう離脱だな」と分かった。

 実は、僕はこのとき、ロンドンの業者に支払いをする予定がありました。買い付けたものの代金です。僕の周りにいた現地の人たちの間には、投票日当日も「残留で決まり」という空気があって、「明日になれば(EU残留という結果が出て)ポンドは反発するから、きょう払っておけよ」と言う人もいた。

 でも結果は「離脱」。翌朝8時半に両替商に行くと、いつも出ている両替のレートが出ていません。仕方なしに聞くと、「(ポンドは)すごく下がってる」と。その店は知人に教わったロンドン市内でもレートが良いことで有名な店なのですが、そのときのレートは1ポンド=約143円でした。前日は約163円。つまり半日の間に約20円も下がってしまったわけです。2円でも大変なのに、20円なんて…。僕も前日に支払代金の一部を両替してしまっていたので、数万円は損をしました。

 僕がロンドンで今回訪れた店は、イタリア製の服や小物などを扱う、日本でいえばちょっと高級なセレクトショップのような店。顧客は、投資家やファンドマネジャーなど金融関係の人が多く、つまり、経済的に豊かな人たちです。それでも店の人間に聞くと、英経済の先行きが不透明なので投票前から、売り上げは低迷していたようです。ロンドンは日本より早く、ちょうど6月20日前後からセールが始まりますが、ブレグジットへの不安感から、セールが始まっても客足は伸びていない、ということでした。

関税の「往復ビンタ」

 今回の出張は、欧州と米国で、英国だけでなく、6月中旬にイタリアのフィレンツェで開かれた「ピッティ・イマジネ・ウォモ」という世界最大の紳士服見本市にも行きました。僕が関係している繊維の世界で言えば、イタリアと英国は強い結びつきがあります。

 例えば今、世界的に人気の英国製の生地も、それを織るための糸はイタリア製だったりする。知人のイタリアの糸メーカーの社長に聞いてみたのですが「確かに英国の生地メーカーに糸を卸している」と難しい顔をしていました。

 EU離脱によって両国間の貿易に関税が復活すれば、イタリアの糸を英国に持って行くときに関税がかかる。織った生地を再びイタリアで縫製すれば、また関税がかかる。そうやって作ったスーツを、僕ら日本人や米国人が買うのです。つまり関税の“往復ビンタ”を食らうことになる。もちろん税そのものだけでなく、通関コストも乗ってきます。いくらポンドが安くなっても、それは為替レートだけで吸収できるものではありません。

 日本の消費者への影響で言えばもう一つ。僕は英国の生地メーカーから、直接生地を買い付けていますが、それだけではなく、日本の輸入代理店のようなところを介して買い付けるものもあります。日本のアパレルメーカーの多くは、こうしたところを介して買い付けをします。

 代理店への支払いは、円建てではなくポンド建てです。ポンド安になれば当然、代理店が受け取るコミッションは減る。すぐに影響が出るわけではありませんが、ポンド安が続き、こうした代理店が立ちゆかなくなれば、日本に輸入される生地にも影響が出るでしょう。

イタリアの不安

 イタリアの話に戻すと、英国はイタリアにとって、とても大きな貿易相手です。その辺りの影響は、フランスやドイツとは全然違う。英国経済の不振は、イタリア経済も直撃します。だからイタリアの新聞は相当危機感を持って伝えていました。実際、国民投票の翌日「モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ」というイタリア有数の銀行の株価は大きく値下がりしました。イタリアの生地メーカーも、縫製メーカーも銀行からの融資がなければ生き残れないところは少なくありません。イタリアであっても、繊維産業は斜陽ですから。

 加えて実は今、イタリアでは「知識の流出」が社会問題になっている。自国経済の低迷によって、優秀な若い人がみな外国に出て行ってしまうのです。例えば、イタリアの高校では、英語は必修ではありません。卒業だけしたい子は、(イタリア語に近い)スペイン語を選びます。でも、優秀な子は単位を取るのが大変でも英語を選ぶ。将来、英国で働きたいからです。それを見越して英語を身に付けるために、10代で留学する子も多い。英国の留学費用は高いので、オーストラリアが人気なのだそうです。

 それがどうなってしまうのか。僕の知人だけ見ても、ブレグジットに対するイタリア人の危機感は相当なものです。

「無関係」ではない

 英国と欧州各国はこれからの数年間で、新たな貿易ルールを模索してゆくのでしょう。かといって、僕らが関係するスーツ生地の話で言えば、高級生地における英国製の価値、というのは変わりません。トレンドが変わっても、これは数十年変わらない価値観だし、この分野ですぐに英国に代われる国はないからです。

 だからこれからも、英国には買い付けにいくでしょう。イタリアも同じです。ですが、ブレグジットがきっかけになって、両国の経済が低迷を続けて、今ある手頃で良質なものを作るメーカーが陶太されてしまったら…。バイヤーとしてはもちろん、日本の消費者にとっても無関係ではないと思います。(聞き手・戸谷真美)

 〈みやざき・しゅんいち〉 昭和40年、北海道生まれ。平成元年に松屋入社。8年から紳士服バイヤー。独学でイタリア語を習得し、欧州で自ら生地を買い付けるほか、国内外で仕立て職人や縫製工場などと共同開発したオリジナル商品が人気を集める。著書に「ビジネススーツを格上げする60のルール」(講談社)など。

 

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