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【聞きたい。】
村山由佳さん『ワンダフル・ワールド』 ああ男と女…悲恋の中にある刹那の輝き
■刹那の輝きを刻みつける
「『香り』って記憶と直結してるんですよね。忘れたと思っていた物事が、ある香りを嗅いだとき、ふーっと蘇(よみがえ)ることがある」
夏の寝苦しさを和らげてくれた祖母の白檀(びゃくだん)の扇子。自分の汚い部分まで洗い流してくれるように感じるプールの塩素の刺激臭。遠い記憶を呼びさまし、ときに感情を激しく揺さぶってくるそんな「香り」を通奏低音に、大人の男女の出会いや別れをつづった5つの短編を収める。
妻子持ちの恋人と、売れっ子調香師との間で揺れ動く女性カメラマンの心を描く「アンビバレンス」、やり手の女性経営者が、夫とは別の年下男に人生最後のつもりで愛を注ぐ「バタフライ」、死のふちにいる愛猫が自分を捨てた男との再会を引き寄せる「TSUNAMI」…。終わりが見えるような、つかの間の情愛に身を浸す男と女には、苦みと悲しみが付きまとう。
「どんなに愛しい相手も永遠にそばにいてくれるわけじゃない。恋愛は移ろいやすいものだけれど、確かにあった一瞬を疑うことはできない。『今、死んでもいい』と思えるくらいの一瞬がもし持てたとしたら、それだけでめっけもん、って私は思うんです」