産経ニュース

【編集者のおすすめ】テロの遺族が発した魂の言葉 『ぼくは君たちを憎まないことにした』

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【編集者のおすすめ】
テロの遺族が発した魂の言葉 『ぼくは君たちを憎まないことにした』

「ぼくは君たちを憎まないことにした」 「ぼくは君たちを憎まないことにした」

 「金曜日の夜、君たちはかけがえのない人の命を奪った。その人はぼくの愛する妻であり、ぼくの息子の母親だった。それでも君たちがぼくの憎しみを手に入れることはないだろう」。そんな書き出しで始まるフェイスブックの文章が昨年11月、世界を駆け巡った。パリ同時多発テロの直後、被害者の遺族が発信したメッセージである。本書はこのメッセージを発信した著者が、テロ事件からの約2週間を描いたものだ。フェイスブックの文章は投稿した日の出来事として本のなかばに挟み込まれている。著者は、まだ母親の匂いが残っているような小さな息子を保育園に迎えに行き、お風呂に入れ、ご飯を食べさせる。絵本も読んであげるが、妻のようにうまくできない。息子の爪をはじめて切る場面では指を切りそうになって悲鳴をあげる。

 「めまいがしそうなほど孤独だった。ぼくだけで、あと九本切らなければいけない。恥ずかしい。自分を本当に小さく感じる」。そんなふうに揺れ動いては込みあげる感情が静かにつづられていく。彼は悲しみを悲しみとして悲しむ。それは彼の感性であり、知性であり、生きる態度なのだ。「憎まない」、この言葉が生まれた場所を私はどれだけ読みとれただろう。ここに描かれているのは悲劇的な体験であり、とてつもない悲しみなのに、読み終えたあとに希望がのこる。言葉と言葉のあいだに月の光に照らされたような沈黙があり、そこから温かな人間の声が聞こえてくる。誰より傷つき苦しいはずのこの人に、私が励まされている。(アントワーヌ・レリス著、土居佳代子訳/ポプラ社・1200円+税)

 ポプラ社 野村浩介

「ライフ」のランキング