産経ニュース

【書評】東洋史家・宮脇淳子が読む『中央アジア・蒙古旅行記』(カルピニ、ルブルク著、護雅夫訳)

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【書評】
東洋史家・宮脇淳子が読む『中央アジア・蒙古旅行記』(カルピニ、ルブルク著、護雅夫訳)

「中央アジア・蒙古旅行記」 「中央アジア・蒙古旅行記」

13世紀のモンゴルを活写

 中部イタリアのプラノ=カルピニ生まれのフランシスコ会修道士ジョンが、ときのローマ教皇インノケンチウス4世によって「地獄(タルタルス)の住人」の地へ派遣されたのは、西暦1245~47年のことである。ルーシの首都キエフがモンゴル軍に占領されたのが1240年、3万のポーランド、ドイツ連合軍がワールシュタットで全滅したのが1241年だった。

 当時のヨーロッパでは、モンゴル帝国の一部となったタタル(韃靼(だったん))という部族名がラテン語の地獄を連想させたため、モンゴル人をすべてタルタルと呼んだのである。

 遠征軍の総大将である第2代君主オゴデイ・カンが酒の飲み過ぎで1241年12月に急死しなければ、モンゴル軍は、フランス全土を蹂躙(じゅうりん)してドーバー海峡にまで達していただろうと言われる。

 ローマ教皇は「タルタル人が神の怒りをおそれて、そのキリスト教世界への攻撃を止める」ようにさせるため、托鉢(たくはつ)修道士からなる使節団をモンゴル人のもとに送ったのだが、ジョン修道士はオゴデイの息子グユクが第3代君主に即位するのに間に合って到着し、教皇の書簡をわたした。この報告のおかげで、われわれはモンゴル帝国の即位式の模様を知ることができる。

続きを読む

「ライフ」のランキング