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【書評】袋小路に入った世界の矛盾と亀裂 『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』『半減期を祝って』津島佑子著

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【書評】
袋小路に入った世界の矛盾と亀裂 『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』『半減期を祝って』津島佑子著

『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』津島佑子著(集英社・2500円+税) 『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』津島佑子著(集英社・2500円+税)

 「ジャッカ・ドフニ」とは北方少数民族のウィルタ族の言葉で「大切なものを収める家」という意味である。網走にあった、この名を冠した少数民族の文物を展示した小さな博物館を、26年前に訪れたときの記憶が作家によみがえる。創設者であった北川ゲンダースという人物が急逝した後、この博物館は休館・閉館に追い込まれるが、8歳で不慮の死を遂げた息子と尋ねたときの幸福な記憶は、作家のなかに永く息づいており、この壮大なスケールの長編小説はここから出発する。2011年9月の網走への再訪。「大切なもの」の喪失感は、6カ月前の東日本大震災と福島第一原発の事故という未曽有の災厄と重なり、その痛恨から、時空をこえた17世紀前半のキリシタン弾圧期を生きた、一人の少女の物語が誕生する。

 アイヌの母と日本人の混血の少女チカップは、幼くして孤児となり、キリシタンの少年ジュリアンとの出会いなどから、九州・マカオ・台湾・ジャカルタなどの広大な空間への逃避行の冒険へと向かう。迫害と流浪のなかで少女を支えるのは、アイヌの血の響きとしての母の歌(「神の歌」という意味のカムイ・ユカラ)であり、各地で邂逅(かいこう)する多様な民族の、虐げられた人々の魂である。

 作品は北方民族から東アジアへの海洋と空間へと拡がりつつ、古代から現代までの歴史を内包して叙事詩的小説の様相を呈する。この長編は作家の遺作となってしまったが、ライフワークと呼ぶにふさわしい巨大な物語である。そして作品の根底にあるのは、作家の現代における巫女(みこ)的な語りの力に他ならない。

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