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スティーヴン・ミルハウザーさん『魔法の夜』 月光の下で癒やされ心開く人々

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スティーヴン・ミルハウザーさん『魔法の夜』 月光の下で癒やされ心開く人々

大学で創作も教える。「気をつけているのは、『これが正しい書き方だ』とは言わないことです」と話すスティーヴン・ミルハウザーさん 大学で創作も教える。「気をつけているのは、『これが正しい書き方だ』とは言わないことです」と話すスティーヴン・ミルハウザーさん

 「魔術師」という呼び名がしっくりくる。精緻な描写を重ね、幻想美に彩られた魅惑的な小宇宙へと読者を誘う米のピュリツァー賞作家、スティーヴン・ミルハウザーさん(72)。先月初来日した作家に、新たに邦訳が出た中編小説『魔法の夜』(柴田元幸訳、白水社)への思い、そして小説・芸術観を聞いた。(海老沢類)

                   

 作家としてのキャリアは40年超。主な著作が邦訳されていて、日本の若手作家にもファンが多い。自動人形や盤上ゲーム、遊園地…といった懐かしさと温かみを喚起する人工物を細密に描く筆致には定評がある。

 「ストーリーだけではなく、文章の叙情性や意外な細部によって読者を誘惑したい。自分が所有する世界をきっちり書くのがポイントなのです」

神秘の感覚

 『魔法の夜』(1999年発表)でも、そんな魅力が堪能できる。

 舞台は米東海岸の海辺の町。白い月の光に照らされた暖かな夏の一夜を眠らずに過ごす人々の群像をつづる。えたいのしれない不安に駆られる14歳の少女、母と同居しながら長年一つの小説を書く39歳の男。百貨店のショーウインドーに飾られたマネキンに恋する酔っ払いや、仮面姿で民家に忍び込んでは食べ物や小物を盗む女子高生の一団も出てくる。派手な展開があるわけではない。それぞれに問題を抱えながら夜の町で交差する人々をカメラのような視点で点描して、その心に兆す小さな変化をすくい上げる。

 「悩みを抱えた人物たちが、夜の中に入っていくことで解放される。心を落ち着かせ、癒やす場としての夜を思い描いていた」という。自身の体験も投影されている。中高生時代、とくに目的もなく夜ごと家を出ては海辺を散歩した。「月の光は昼の光より暗く、周りがよく見えない。その神秘の感覚が好きなのです」

 物語ではやがて百貨店のマネキンが動き出し、町中の屋根裏にある人形も目覚めて踊る。気づけば作品世界は現実から離陸し、雑多な声や音が反響するミュージカルのような奇跡の夜が立ち現れている。

 「自分の中では、昼は合理的かつ分析的なイメージで、夜は(理に合わない)夢に近い。私が作家としてやろうとしているのは合理的な人間である自分から逃れ、より夢に近いものを解き放つことなのです。現実=リアルなものから始め、その現実の幅を押しひろげる形で物語を紡ぎたい」

芸術は高揚

 20世紀初頭のニューヨークを舞台に、大規模ホテルを建設する若者の栄光と転落を描いた1997年のピュリツァー賞受賞作『マーティン・ドレスラーの夢』は長編。だが、最近は「一行一行すべてを記憶できる」密度で組み上げる短編や中編に力を注ぐ。

 芥川龍之介の『歯車』、川端康成の『片腕』…。感銘を受けた日本の小説を聞くと、よどみなく作品名を挙げて「日本文学には読んで心を乱される作品の伝統がある」。そこに刻まれている現実と非現実のはざまを行く感覚は自身が思い描く芸術像とも重なる。

 「私の本を読んで『世界を変えよう』とする人が出ることなんて望まない。ただ、読んだ人が『今これが一番大事で、ここにこそ生きている意味がある』と思えるような瞬間を作りたいのです。そうした高揚を感じてもらえなければ芸術には何の意味もない」

                   

【プロフィル】スティーヴン・ミルハウザー

 Steven Millhauser スティーヴン・ミルハウザー 1943年、米ニューヨーク生まれ。72年に『エドウィン・マルハウス』でビュー。97年に『マーティン・ドレスラーの夢』でピュリツァー賞。短編集『ナイフ投げ師』の表題作でO・ヘンリー賞。ほかの邦訳作品に『バーナム博物館』など。

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