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【文芸時評 6月号】不機嫌なメッセージ 早稲田大学教授・石原千秋 

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【文芸時評 6月号】
不機嫌なメッセージ 早稲田大学教授・石原千秋 

石原千秋さん 石原千秋さん

 群像新人文学賞が崔実(チェ・シル)「ジニのパズル」に決まった。どの選評も手放しの絶賛。在日韓国人のジニは朝鮮語が話せないまま「日本学校」から「東京で一番大きな朝鮮学校」に編入したが、結局なじめずにアメリカの学校へ編入する物語である。この小説には2つの仕掛けがあって、1つは主人公のジニが在日韓国人であることで、もう1つは彼女が朝鮮語が話せないことだ。つまり、ジニはどちらでもない。だから、日本は右翼に代表され、北朝鮮は「金一家」の「肖像画」に代表される。日本も北朝鮮も異化されるわけだ。それがこの小説が成功した理由である。ただ、この設定が民族という「問題」を浮かび上がらせることには特に驚きはない。

 冒頭を引用しよう。「その日も、いつもとなんら変わらない日だった。学校は、相変わらず残酷なところだ」。これは学校小説なのである。この小説でもっとも鮮明に朝鮮学校の「残酷」さが浮かび上がるのは、民族衣装の「チマ・チョゴリ」を「制服」としたことである。だから、「非常時に制服の代わりに体操着を着せて登校させるなど表面的な対策でごまかしている場合ではないはずだ」と書く多和田葉子は、この小説の一面しか読めていない。この小説のテーマが民族問題でないとは言わない。しかし、もう一つの重要なテーマは「制服という残酷」なのだ。学校では「表面」こそがすべて。だからこそ、ジニはアメリカの学校でも「何もしていない」という理由で退学を言い渡されたのである。少なくとも、ジニはそう思っている。民族問題に「学校という残酷」を組み合わせた手腕を、僕はみごとだと思った。

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