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【書評】日中通訳者・池田リリィ茜藍が読む『台湾生まれ 日本語育ち』(温又柔著) 「言葉を持つ」ということ

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【書評】
日中通訳者・池田リリィ茜藍が読む『台湾生まれ 日本語育ち』(温又柔著) 「言葉を持つ」ということ

(白水社・1900円+税) (白水社・1900円+税)

 〈あらら、ほっぺ、ユゥミィミィ。カナ・小籠包 好可愛!!〉(あらら、ぷるぷるなほっぺね。ショーロンポーみたいでなんて可愛(かわい)いの!!)

 著者の温又柔(おんゆうじゅう)がつづる母のコトバからは、台湾の複雑な言語環境が伝わってくる。それはありのままの姿で、思いを伝えるための自然な表現でもある。温はカタカナやピンイン(中国語の発音記号)を駆使し、飛び交う日本語、●(門がまえに虫)南(びんなん)語、中国語の鼓動をしっかりと抱きしめる。これを正確な日本語に訳し直しても、実際に伝わるものとは食い違うだろうし、正しいものが美しいとはかぎらない。言葉とは発音や文法の約束事ではなく、それを発する人々の内面にあるはずだ。

 3歳の時に生まれ故郷を離れ、東京で育った温にとって、国語というような概念は複雑味を帯びる。母語と母国語が同じである多くの日本人には、母語と国語の違いも意識しづらいかもしれない。響きあう言葉たちの中で、最も自在に操れる日本語を、彼女は自分の「母国語」だと素直に呼べない。

 複数のルーツを持つ者にとって、出身とは単なる地名ではなく、魂とつながる場所のことである。故郷とは、心のよりどころであり、謳(うた)い上げたい賛歌である。場合によっては自ら選択し、更新することさえ可能だ。名前、血統、言語運用能力だけで属性をくくることは、本人の生き方まで狭めてしまう。多様なアイデンティティーに対し、誰もができることは「常にオープンな気持ち」でいること、そして「決め付けない」ということかもしれない。

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