産経ニュース

【私のふるさと】アニマル浜口さん 島根県浜田市 恩師の優しさに支えられ

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【私のふるさと】
アニマル浜口さん 島根県浜田市 恩師の優しさに支えられ

 午前5時に起床し、自転車で牛乳配達をするのが、島根県浜田市の中学時代の日課でした。なつかしい景色とともに浮かぶのは恩師と母の姿です。

 9人きょうだいの大家族でしたが小学4年のころ父が事業で失敗し、母と妹と住み慣れた浜田を出ました。大阪を転々とし、中学2年で独り浜田に戻りました。長兄の家に居候し、せめて小遣い銭は稼ごうと始めたのが牛乳配達でした。販売店社長の奥さんが下さるあんパン、ジャムパンのうまかったこと。

 ある日、担任の先生に職員室へ呼ばれました。「よく遅刻する訳を言いなさい」。大阪から独り戻った経済状態、牛乳配達を始めた経緯などを話しました。先生はぼくの手を握り、「苦しいときは言うんだよ」と泣きながらおっしゃる。その優しさが支えになりました。

 やがて、母から大阪へおいでと便りがありました。ぼくは跳び上がりましたよ。駅で見送りの男子生徒と別れ、電車の窓から眺めていたら、先生と女子生徒たちが授業を中断して沿道へ来てくれました。映画の一場面のようで泣きました。

 その後16歳で家を出て、22歳でプロレスラーになりましたが、あの日の勇気づけがあったから前進できた。先生から人の痛みが分かることの大切さを学びました。

 長女、京子をレスリング選手に育てるときも影響しました。つらいとき“情”が志を支える。のちに私のプロレスの試合を先生がそっと見に来てくださっていたことも知り、深く感謝しました。

 木を植えるように人を育てることがどれだけ大切か。全ては心持ち次第です。アテネ五輪で京子が銅メダルをとった瞬間の喜びと、新しい戦いが始まるはかなさ。娘を肩車しながら、幸せだけど空虚。だから気合を入れて集中する。笑い、呼吸を整えるのです。

 浜田の海岸に、今では大きな橋が架かりましたが、希望を託したこの橋をどう生かすのか知恵を寄せ合い、町を元気にしたいものです。

                   ◇

【プロフィル】アニマル浜口

 あにまる・はまぐち 本名・浜口平吾。昭和22年生まれ。国際プロレス、新日本プロレスで活躍。長女、浜口京子さんをアテネ、北京の五輪で2大会連続銅メダルに導いた。「気合だ!」の言葉で人気を博す。

「ライフ」のランキング