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【書評】評論家、呉智英が読む『いちまき ある家老の娘の物語』中野翠著

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【書評】
評論家、呉智英が読む『いちまき ある家老の娘の物語』中野翠著

『いちまき ある家老の娘の物語』中野翠著

 ■誰しも江戸を背負っている

 エッセイストの中野翠(みどり)は学生時代からの友人で、半世紀にも及ぶつきあいである。女性作家の中には「女」を前面に出す人が多く、私はこれが苦手なのだが、中野はそんなことがなく、それでいて細やかな視線が感じられ、個人的な交友を超えて彼女の書くものを愛読している。

 本書は、中野の一族をめぐる歴史探訪エッセイである。しかし、血族のどろどろとも家柄自慢とも無縁で、ごく普通の中野家が幕末維新期の事件や人物に接触遭遇しているところが面白い。誰しもそれと気づかないまま、江戸・明治を背負っている、という感じなのだ。「いちまき」とは「一族」という意味のやや古い言葉だが、方言にはまだ生きている。中野がこれを書名に選んだことは暗示的だ。

 二十二年前、中野の父が亡くなり、その遺品の中に『中野みわ自叙伝』という小冊子があった。みわは中野の曽祖母である。昭和十七年まで生きていたが、生年は安政六年である。中野の生まれる四年前に没しているから、直接会ったことはない。しかし、親類同士の話などでよく知っている。そんな人が実は江戸生まれである。しかも、みわが生まれた翌安政七年は桜田門外の変があった年で、その桜田門外にあった小藩の江戸屋敷に数え二歳のみわは住んでいたのだ。

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