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【オリンピズム】共生社会って何だろう…(2)太陽の家なんか、なくなれ

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【オリンピズム】
共生社会って何だろう…(2)太陽の家なんか、なくなれ

1964年パラリンピック東京大会で選手宣誓する青野繁夫氏と、後方で付き添う中村裕医師(「太陽の家」提供)

 彼らの存在が後の共同出資企業に結実するのだが、その話は別に書く。井深ら企業創業者を動かした中村の先見性と情熱を思う。

 「施設の近くに自宅があり、夜中でも指示が飛びました」。四ツ谷は中村の最晩年に秘書を務めた。「厳しさのなかの優しさが人を引きつけたと思います」

 いまやコンピューターソフト開発やデータ処理など時代とともに成長、別府だけで障害者498人、計792人が働く。県内の大分や日出、杵築に加え、京都と愛知にも事業本部を設けた。障害者1075人、合わせて1877人規模だ。

 別府は地域と施設が深く結びつく。プールは地元の小学生でにぎわい、カフェは憩いの場だ。公衆浴場「太陽の湯」でも交流が見られ、納涼大会には地域がこぞって参加、在宅介護の相談なども受ける。

 直営スーパー・サンストアや大分銀行太陽の家支店は通路を広く、カウンターを低くした。段差もない。車椅子への配慮だが、地元の高齢者にも評判がいい。

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