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【戦後70年・玉音放送(音声付き)公開】歴史的舞台、鉄扉開く 自らの玉音放送聴いた御文庫付属室 再生原盤は昭和天皇独特の抑揚を明瞭再現

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【戦後70年・玉音放送(音声付き)公開】
歴史的舞台、鉄扉開く 自らの玉音放送聴いた御文庫付属室 再生原盤は昭和天皇独特の抑揚を明瞭再現

御文庫付属室の南側事務室。昭和天皇は「御休所」と呼ばれたこの部屋で玉音放送を聴いた=7月15日、皇居・吹上御苑(宮内庁提供) 

 戦後70年にあたり、宮内庁が玉音放送の原盤、終戦を決める御前会議を開いた御文庫(おぶんこ)付属室の写真や資料を公開した。昭和天皇の声は70年ぶりに「自然な感じ」(宮内庁)で蘇り、分厚い壁や鉄扉で仕切られた付属室からは終戦間際の緊迫感が伝わってくる。

終戦を伝えた玉音放送の音声はこちら

■使用は終戦前1週間に集中

 皇居内の防空施設として建設された御文庫付属室。昭和天皇実録には、米軍の本土空襲が本格化した時期と前後する昭和19年11月以降、昭和天皇が行事や会議で付属室を13回使用したことが記されている。20年8月15日、終戦を告げる自らの玉音放送を聴いたのも付属室内の一室だった。

 昭和天皇が初めて付属室を使ったのは、19年11月23日。神嘉殿代を設け、宮中祭祀(さいし)の新嘗祭が営まれた。翌24日、米軍に奪われたマリアナ諸島からB29による本土爆撃が始まった。

 13回のうち11回は終戦間際の1週間に集中している。20年8月8日に空襲警報が発令され、香淳皇后とともに御文庫から地下道を通り、付属室に初めて避難。9、10、12日にも空襲警報で一時退避した。

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