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【戦後70年】日米安保『原型』芦田メモ 「米本国要人へ伝達」の証言記録 定説覆す可能性 

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【戦後70年】
日米安保『原型』芦田メモ 「米本国要人へ伝達」の証言記録 定説覆す可能性 

アイケルバーガー米陸軍中将とのやり取りが書き込まれた鈴木九萬氏の日記(昭和23年7月21日)

 ■現代史家・秦郁彦氏の談話「曲折たどり日米安保条約に」

 昭和天皇はマッカーサー元帥との間で対等に近いトップ会談を続けた。一番重要な問題は日本の安全保障だったが、元帥は最初は国際連合に依存すれば大丈夫だと考えた。米ソ冷戦が厳しくなっても、憲法第9条を事実上作ったのは自分だから、再武装にも終始消極的。だから、天皇には元帥との信頼関係を保持しながらも、米国側の中にチャンネルを複数持ちたい、という戦略があったと思う。

 そのひとつにアイケルバーガー中将が選ばれたのではないか。午餐も、儀礼的な要素をひっくるめて、天皇が大切に思っていますよという意思表示ができれば十分だったと思う。

 沖縄を再開発し空から日本を守ってもらうという発想も、米本国にアピールするのが一番良いと、寺崎英成・御用掛を使って国務省の出先であるシーボルトGHQ外交局長に届けさせた。天皇の頭の中では、この「沖縄メッセージ」と「芦田メモ」はセットだった。外務省の正規ルート以外にいくつかのルートを設定し全体をみながら調整することを、自らおやりになったのだと思う。

 芦田メモの存在は随分前から知られていたが、それが米国内でどういう形で議論され、回覧されたかはずっと不明だった。その点は今回裏がとれた。米国では『日本は東洋のスイスたれ』という元帥と本国との間に意見の乖離(かいり)があったが、客観的に見てメモが示した選択肢以外方法はなく、紆余(うよ)曲折をたどりながら日米安全保障条約につながっていく。

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