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【書評】書評家・倉本さおりが読む『それを愛とは呼ばず』桜木紫乃著

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【書評】
書評家・倉本さおりが読む『それを愛とは呼ばず』桜木紫乃著

『それを愛とは呼ばず』桜木紫乃著(幻冬舎・1400円+税)

 かつて雇い主だった章子からプロポーズされたとき、とうに40を過ぎていた亮介は、戸惑いながらもその言葉に強烈に惹かれたことを明かしている。〈恋、という言葉が亮介の心を鷲掴みにしたのだった。十歳の年齢差が吹き飛ぶほどに、新鮮な響きがあった〉-章子から与えられた言葉によって、空虚な人生の肉付けを図ろうとした亮介。いつも欲される側に立っていた彼が女たちに抱く感情は、いつだって「愛ではない」なにかだ。それは分別の表れであると同時に、責任の放棄でもある。

 だが、紗希は違う。不器用なほど純粋で、いつか来るチャンスのために自らを律し続けてきた彼女は、「恋」はおろか、誰かをただ求めることすらうまくできない。だからこそ、自らの内側で育った「それ」に「愛」と名付け、やみくもに研ぎ澄ませていく。

 むろん正しい定義など存在しない。手順を無視した関係なんていくらでもあるだろう。けれど互いが思い描いている「それ」の姿は、けっきょく別のものでしかない。

 愛に輪郭を与えるということ。この作品の結末で待ち受ける荒涼とした情景は、私たちの甘やかな思い上がりのなれの果てを描いている。(幻冬舎・1400円+税)

 

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