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【書評】作家・大竹昭子が読む『火花』又吉直樹著

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【書評】
作家・大竹昭子が読む『火花』又吉直樹著

『火花』又吉直樹著(文芸春秋・1200円+税)

知らずに読んだが強い作品

 テレビを見ないので又吉直樹が何者かを知らずに読んだが、知っていようといまいとこの作品の強さは変わらない。お笑い芸人が主人公というところに著者の経験が反映されているとは想像がつくものの、描かれているのは人間たちのことなのだ。漫才界のエピソードを期待すると逆にうっちゃりを食うだろう。

 主人公の「僕」が偶然に出会い、師匠と見なした神谷との人間関係が回想される。井の頭公園やハーモニカ横丁など、ふたりは吉祥寺界隈(かいわい)を巡りながら笑いについて、芸について語りあう。

 神谷のキャラクターがすばらしい。彼は凡庸なものの見方を嫌い、型をなぞった芸を激しく否定するが、底なしの優しさがあり、その無防備な純真さは「僕」をひるみ恐れさせるほどだ。

 彼が芸を判断する唯一の基準は、面白いかどうかである。そのためには一つの尺度で測ってはならない。共感に頼ってもだめだ。完全なアウトローでアナキスト。おのれの範疇(はんちゅう)を越えて挑みつづけずにはいられない前衛派だ。

 表現をめざす者が若いときにこういう人物に会えば、惹(ひ)かれないでいるのは難しい。物事の本質を射抜く神谷の言葉と行動に「僕」はしびれていく。彼といると「日常で使うことのない、どこかの限られた神経は激しく疲弊したが、世の中の煩わしさを束の間忘れさせてくれる」。

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