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【子供たちに伝えたい日本人の近現代史】(100)戦前の「弾丸列車構想」が新幹線で甦る 零戦など旧軍の技術を結集

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【子供たちに伝えたい日本人の近現代史】
(100)戦前の「弾丸列車構想」が新幹線で甦る 零戦など旧軍の技術を結集

東京駅で行われた新幹線の出発式でテープカットする石田礼助国鉄総裁。「ひかり1号」は日本中の期待を担って新大阪へ向かった=昭和39年10月1日

  昭和34(1959)年4月20日、静岡県熱海市で国鉄新幹線の起工式が行われた。在来の東海道線のトンネルと並行して掘削される新丹那トンネルの熱海側入り口である。神事に続いて行われた十河信二国鉄総裁によるクワ入れは参列者たちを驚かせた。

 通常は積まれた砂に型どおり軽くクワを入れるのだが、当時75歳の十河は大上段に振りかぶり「エイッ」と力いっぱい打ち込んだ。胸の菊の飾りが落ちたが、構わず2回目を打ち下ろす。3度目には力余ってクワの先が抜け参列者の前にころがったという。十河の新幹線にかける思いの強さを示していた。

 戦前の鉄道院出身で南満州鉄道(満鉄)理事などもつとめた十河は昭和30年、「古巣」のような国鉄の総裁に任命された。就任直後、総裁直属の審議室に「広軌新幹線」建設の検討を指示する。

 レール間が在来の国鉄線(狭軌)より37センチほど広い国際標準軌間(広軌)の幹線を新たに東京・大阪間に敷くという計画だった。当時いわゆる太平洋ベルト地帯を中心に急速に成長する日本経済を支えるには、広軌による高速鉄道を走らせるしかない。それが十河の信念だった。

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