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【探訪 あのころ~戦後70年】集団就職 金の卵、涙で目指した新天地

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【探訪 あのころ~戦後70年】
集団就職 金の卵、涙で目指した新天地

集団就職列車の発車間際、窓越しで別れを惜しむ。涙を覆う少年の左腕には新しい時計が光る。多くの中学生は卒業式を終えると、そのまま故郷を後にした=昭和43年3月23日、秋田県大曲市(現大仙市)の国鉄大曲駅

 昭和43年3月、現在の秋田県大仙市にある国鉄・大曲駅は、真新しいコートを着た集団就職の若者でにぎわっていた。高度経済成長期、中学卒業後に地方から大都市圏に出て働く若者は「金の卵」と呼ばれ、卒業シーズンのホームでは別れの風景が繰り返された。

 クリーニングの大手、ロイヤルネットワークの仲條啓三会長(76)も、昭和29年に山形県酒田市から東京へ集団就職した。8人兄弟の末っ子で進学は夢のまた夢。農家の奉公か上京しか道はなく、東京のクリーニング店に住み込んだ。

 「将来を考える暇はなかった。上京前夜は寂しさで眠れなかった」と仲條会長は話す。東京で働いた後、地元へ戻り店を始め、今では1都10県に650店舗を展開する。それでも、集団就職に抱いた夢と現実のギャップは小さくなかった。

 集団就職にかげりが見え始めたのは昭和40年代後半。地方の高校進学率は90%を超え、工場ではオートメーション化が進んだ。オイルショックも影響した。

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