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【夫婦の日本史 第91回】王朝時代にもあった「純愛」

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【夫婦の日本史 第91回】
王朝時代にもあった「純愛」

藤原定子の鳥戸野陵(とりべののみささぎ)。年明けに降った雪に覆われていた=京都市東山区今熊野泉山町(筆者撮影)

 「皇后宮(きさいのみや)、すでに頓逝(とんせい)す。甚だ悲し」

 悲報を聞き天皇がもらした言葉として、側近の日記(藤原行成(ゆきなり)『権記(ごんき)』)にはこう記されている。天皇の率直な心情が伝わってくるではないか。(渡部裕明)

 ◎もっと知りたい

 一条天皇は敦康親王の即位を希望し、自分の退位と引き換えに立太子の道を探ったが側近に反対され断念した。彼の血統は彰子が産んだ2人の皇子(後一条天皇、後朱雀天皇)へと引き継がれた。この間の事情は、倉本一宏著『一条天皇』(吉川弘文館)や山本淳子著『源氏物語の時代』(朝日選書)に詳しい。

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