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≪アキとカズ 遥かなる祖国≫喜多由浩(208)

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≪アキとカズ 遥かなる祖国≫喜多由浩(208)

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 21章 1976年平壌 七

 そこは、まさしく地獄だった。

 人間の尊厳などカケラもない。ケダモノ以下の扱いが平然と行われ、すべては闇へと葬り去られる…。

 崔(チェ)と美子(ミジャ)、7歳になるひとり息子のヨンホ。夜中の3時に、突然踏み込んできた秘密警察員によって慌ただしくトラックの荷台に押し込められた。

 真冬の平壌。気温は零下20度、肌を突き刺すような冷え込みが襲ってくる。許された持ち物はほんの身の回りのものだけ。美子はあわてて外套をつかみ、寒さに震えているヨンホにかけてやった。

「いったい何なんです? どこへゆくのですか?」

 必死に食い下がろうとした崔に、秘密警察員の男は冷たい一瞥(いちべつ)をくれ、吐き捨てるように宣告した。

「お前は反党・反革命分子だっ」

 何時間、トラックに揺られたろうか。

 山深い強制収容所(管理所)の物々しいゲートをくぐったころにはすっかり夜が明けていた。

 崔と、美子・ヨンホとはそこで別の車に移された。どうやら行き先が違うらしい。

 収容所には2つの区域がある。死ぬまで出ることができない「完全統制区域」と、運が良ければ出所の可能性がある「革命化区域」だ。

 政治犯とされた崔は完全統制区域、家族として連座制を適用された、美子とヨンホは革命化区域。そのときは家族が、それきり生きて会うことができないなんて、思いもしなかった。

 山間部の数キロ四方を高い塀と鉄条網で囲った広大な収容所には1万人もの囚人がいた。

 ここではたった3つのことしか存在しない。血を吐くような「重労働」、自己批判を呪文のように唱える「思想闘争」、そして、過ちやミスを犯したときに科せられる「拷問」である。

 人間として最も大事な「生活」はないに等しかった。衣も、食も、住も。野垂れ死んでいった囚人はごみクズみたいに処理された。

 美子とヨンホにあてがわれたのは粗末な石積みのボロ小屋。周囲に同じような小屋が点在している。

 後に分かったことだが、そこは“人間狩り”ともいうべきマグジャビにやられた日本からの帰国者ばかりが囚(とら)われている村だった。

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