産経ニュース

【子供たちに伝えたい日本人の近現代史】(87)街頭テレビ、熱狂する市民 力道山人気とともに放送網が広がる

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【子供たちに伝えたい日本人の近現代史】
(87)街頭テレビ、熱狂する市民 力道山人気とともに放送網が広がる

 昭和28(1953)年2月1日午後、東京地区にNHKのテレビ映像が流れた。志村正順アナウンサーの「こちらNHK東京放送局であります」に続き緒方竹虎官房長官らがあいさつ、最初の番組として尾上梅幸らによる「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」が放映された。

 NHKはそれまで何度も実験放送はしていたが「実用化」は初めてで、日本での「テレビ事始め」だった。とはいえ放送開始時の受信契約数は866件にすぎなかった。大卒の初任給が8千円の時代に、受像機は18万円もしたという。普通の国民にとって文字通り高根の花だった。

 そのテレビをぐっと国民に「身近」なものとしたのは実はNHKではなかった。同年8月に開局した民放の日本テレビであり、その創立者の正力松太郎だった。

 長尾和郎氏の『正力松太郎の昭和』などによれば、元警察官僚で読売新聞の経営にもあたった正力は公職追放中の26年4月、米上院議員、カール・ムントの「ビジョン・オブ・アメリカ構想」を知って日本にテレビ放送網を敷くことを思いつく。

 構想は共産主義に対抗するため日本などにテレビを行き渡らせ、アメリカのビジョンを流すというものだった。正力はこの構想を逆手にとり、日本人の手でテレビ局を開設しようとしたのだ。この年の8月、追放解除となるや、精力的に政界や財界を走り回り、開設に必要な10億円の資本金を集め、日本テレビ放送網を設立する。

「ライフ」のランキング