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【書評】『水声』川上弘美著

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【書評】
『水声』川上弘美著

『水声』川上弘美著

 静かな不穏を湛えている

 家族の秘密に迫る物語だ。語り手の女性〈都〉と、弟の〈陵〉。年子の2人は〈ママ〉の死後10年を経た1996年、古い実家に暮らし始める。55歳の現在から小学生時代を回想したり、〈ママ〉の幼少期のエピソードが語られたりと、物語の時間は漂い続ける。過去の些細(ささい)なやり取りや擦れ違いに触れられることで、家族関係の歪(いびつ)さが浮かび上がる。〈パパ〉と〈ママ〉の秘密、そして〈陵〉との間に起きた、1986年の夏の夜の出来事を〈都〉は胸に深く刻んでいる。

 家族は〈実体を持つただ一人のママの周囲を、半透明な三人が常にそぞろ歩いているかのようだった〉。〈男たちを振り回すのが好き〉で、〈いろんなものを壊す癖〉を持ち、何かを演じるように振る舞った〈ママ〉。彼女は、誰より自由で超然としていたけれど、決して完璧(かんぺき)ではなかった。それを見抜いていたからこそ、〈都〉は〈ママ〉から離れることができない。〈ママはとうに死んでしまったのに、まだわたしの中にいる〉。母と娘の関係。それは一種の呪縛(じゅばく)といえるだろう。夢や記憶の中で蘇(よみがえ)る〈ママ〉の発言を、〈都〉は時折持て余す。

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