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【書評】『馬の自然誌』J・エドワード・チェンバレン著、屋代通子訳

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【書評】
『馬の自然誌』J・エドワード・チェンバレン著、屋代通子訳

「馬の自然誌」

 人類の盟友に捧げる長篇詩

 競馬場に通っているうちに、人間がどんなに馬の世話になってきたかが実感できるようになった。英国の女流作家バージニア・ウルフは100年ほど前のポスト印象主義展で「人間の性質が変わった」と語っている。電話や車が登場して、通信・輸送・農作業などの風景から馬の姿が消えつつある時代だった。

 歴史に「もし」は禁句と言われるが、「もし馬がいなかったら」という問いはありえる。アメリカ大陸では1万年前に馬が絶滅してしまった。ユーラシアに比べて文明の進展が緩やかだったのは、馬がいなかったせいだとも言われている。だが大平原地帯のブラックフット族には、貧しい少年が見たこともない動物を操って偉大なる酋長(しゅうちょう)になった伝説がある。その動物こそ、新大陸発見後に連れてこられ、野生化した馬である。

 馬は大柄なわりに捕食者ではなく、臆病(おくびょう)で飼い慣らしやすい。重荷も運ぶし、長い距離を速く走れる。機械が登場するまで、馬のいる風景はどこにでもありふれていた。

 今はもはや忘れかけられそうな馬という生物が、人間の歴史の中でいかに盟友として連れ添ってきたか。それは長篇詩としても思い返されるべきことなのだ。それをつづる本書を読みながら、人間の忘恩ぶりに改めて悲しくなる。

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