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【書評】『重力の虹』トマス・ピンチョン著、佐藤良明訳

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【書評】
『重力の虹』トマス・ピンチョン著、佐藤良明訳

『重力の虹』トマス・ピンチョン著

世界駆動させる力を掴み取る

 現代アメリカ文学最大の巨匠にしてノーベル文学賞万年候補といえば、隠遁(いんとん)作家トマス・ピンチョンであろう。長編に限っても第一作『V.』(1963年)から新世紀に発表された最新作『ブリーディング・エッジ』(2013年)まで8作を数え、今年2014年には鬼才ポール・トマス・アンダーソン監督によるピンチョン小説初の映画化『LAヴァイス』(原著2009年)も公開された。にもかかわらず、やはり1973年発表の第3長編『重力の虹』がピンチョンの代表作であるのは変わらない。そこには、世界を駆動させる巨大な力そのものを一気に掴(つか)み取るアメリカ文学ならではの秘儀が宿っている。

 たとえば世界が鯨の論理で廻(まわ)りアメリカ合衆国が捕鯨大国であった19世紀中葉、ハーマン・メルヴィルは長編小説『白鯨』(1851年)を発表したが、それから1世紀以上を経て、ピンチョンは世界がミサイル(ロケット)の論理で廻っている時代に注目し、それを背後で突き動かす巨大な力を描き出すためにナチスドイツゆかりのV2ロケットを中心に『重力の虹』一冊を費やした。『白鯨』が神の仕掛けた「壮大な演目(グランド・プログラム)」の隠喩(いんゆ)で始まり「劇(ドラマ)」の終幕を告げて終わるように、『重力の虹』もまた「戦域(シアター)」で始まりオルフェウスという名の「劇場(シアター)」で幕を閉じる。これは偶然ではない。本書は、戦後30年近く経た視点から第二次世界大戦終盤のヨーロッパ戦域をふりかえり、鯨油の時代から石油の時代への転回と、やがて来る原子力の時代の本質を透視するからだ。

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