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【書評】文芸評論家、水牛健太郎が読む『エヴリシング・フロウズ』津村記久子著

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【書評】
文芸評論家、水牛健太郎が読む『エヴリシング・フロウズ』津村記久子著

 ■「すべての人を尊重」の信念

 津村記久子の小説を読むといつも「フェア」(fair)という言葉を思い出す。「公平」とか「公正」と堅く訳されるが、英語では日常的に使われる言葉だ。すべての人がちゃんと扱われること。そんな意味だと思う。

 『エヴリシング・フロウズ』は大阪市南部のある区に住む少年ヒロシの中学3年の1年を扱った小説だ。ヒロシは背が低く、成績もごく普通で目立たない生徒。絵が好きだが、同級の女子が描いためがね橋の絵に衝撃を受け、自信喪失気味。そんなヒロシは3年生のクラス分けの掲示板の前で背の高いヤザワに声をかけられ、席も近かったので友達になる。

 描かれるのは何の誇張も美化もない中学生の日常だ。親との距離、ぎこちない男女の関係、友達とのたわいない会話。読んでいて、自分の中学生時代をまざまざと思い出す。

 事件がいくつか起きる。ヤザワは実は、自転車のロードレースの選手として全国的に注目を浴びる存在だった。それを誇ることもない態度がかえって嫉妬(しっと)され、クラスメートが裏で糸を引く他校生のグループに暴力を振るわれる。

 文化祭の展示で同じグループになった女子・大土居は家庭の問題で悩んでいた。ヒロシは彼女を助けようとする。

 事件に直面したヒロシの行動は、実に自然で等身大だ。ヒロシには、人がどうして他人を傷つけたり、押さえつけたりしなければならないのか理解できないのだ。素朴な正義感から、おずおずと行動を起こす。

 ここにこそ津村の全作品を貫く「フェア」の感覚がある。すべての人が同じように尊重されるべきだという信念。だからこそ、理不尽な暴力や児童虐待に対する津村の怒りは大きい。

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