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【昭和天皇実録公表】靖国参拝問題 反対運動が影響 “富田メモ”解釈に触れず

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【昭和天皇実録公表】
靖国参拝問題 反対運動が影響 “富田メモ”解釈に触れず

 昭和天皇が昭和50年を最後に靖国神社に参拝しなくなったことについて、野党各党などの反対運動が影響したことが「昭和天皇実録」の記述から明らかになった。宮内庁の富田朝彦(ともひこ)長官の生前のメモを基にして、いわゆるA級戦犯の合祀(ごうし)が原因だったなどとしたマスコミ報道については、最初に日本経済新聞が報道した事実だけを記述した。

 実録では50年11月21日の靖国神社参拝について、「終戦三十周年に当たり、同社より御参拝の希望があり、また昭和四十年十月には終戦二十周年につき御参拝になった経緯もあったことから、私的参拝という形で行われた」と説明した。

 しかしその後、(1)日本基督教協議会ほか6団体による参拝中止の要望書(2)野党各党からの反対声明(3)日本社会党議員による国会への質問主意書-が出され議論を呼んだとし、「靖国神社への御参拝は、この度が最後となった」と記述した。

 一方、「富田メモ」については63年4月28日の記述で富田長官と面会した際、「靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合祀、御参拝について述べられる。なお、平成十八年には、富田長官のメモとされる資料について『日本経済新聞』が報道する」と記した。

 宮内庁は「日経新聞の報道が、社会的に大きな反響を呼んだので報道があったという事実だけを記述した」とし、「富田メモにはさまざまな解釈があり、実録には(いわゆるA級戦犯合祀と靖国参拝との)因果関係については記述していない」などと説明した。

 靖国神社参拝問題に詳しい麗澤大の八木秀次教授は「靖国神社問題が政治問題化し、参拝に不可欠な静謐(せいひつ)な環境が保てなくなったことが、不参拝の主因であることが改めて明らかになったといえる。富田メモについては、宮内庁も認めているように解釈がさまざまあり、あえて実録に記述する必要はなかったのではないか」と話している。

 ■富田メモ

 昭和63年4月28日、富田朝彦宮内庁長官(当時)が昭和天皇に謁見した際の内容を記したとされるメモ。いわゆるA級戦犯の合祀に触れた上、「あれ以来参拝していない。それが私の心だ」などと記されていた。日本経済新聞が平成18年7月20日付朝刊でメモについて報じ、マスコミ各社も報じたが、解釈をめぐり議論がある。

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