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【自作再訪】内田康夫さん「浅見光彦」シリーズ 楽しく書き続けて115作

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【自作再訪】
内田康夫さん「浅見光彦」シリーズ 楽しく書き続けて115作

 ■やはり僕の分身…似ています。できれば結婚させてあげたいと

 元大蔵省幹部の父、警察庁刑事局長の兄を持ち、長身で甘いマスクのルポライターが探偵として活躍する人気ミステリー「浅見光彦」シリーズ。作者の内田康夫さん(79)は今夏、シリーズ115作目となる『遺譜 浅見光彦最後の事件』(KADOKAWA)を刊行した。累計部数9300万、映画やテレビでもおなじみの「永遠の33歳」は34歳になり、人生の転機を迎える。浅見とともに歩んだ歳月を「ただただ面白くて書いていた」と振り返る。(聞き手 戸谷真美)

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 僕が作家になって今年で34年なんです。『遺譜』について最初に考えたのは6年前で、編集者と「いつか浅見も『最後の事件』を迎えるんだね」という話をした。その時はまるで仮の話でしたから不思議です。33、34歳は「男の転機」じゃないでしょうか。青年から大人へ脱皮する時期ですね。といっても僕がその年齢の頃、転機といえる出来事は全然なかったんだけど。

 《テレビ局やCM制作会社経営をへて昭和55年、処女作『死者の木霊(こだま)』を自費出版。のちに大ヒット作となる浅見シリーズ第1作『後鳥羽伝説殺人事件』は57年、3作目の作品だった》

 松本清張の作品を愛読していましたが、自分で書こうなんて思っていなかった。その頃、将棋仲間の中川博之さん(作曲家、今年6月死去)と指すたびに、彼の家で新刊の推理小説を借りた。タダで借りておきながら、「こんなものくだらない」と言っていたら、とうとう彼が怒って「お前、書けもしないくせに」と言い出した。「じゃあ書いてやる」と、半年くらいで仕上げたのが『死者の木霊』。それ以来、中川さんとは付き合いがないままでした。恩人なのに。僕は偏屈なんですね。

 『死者の木霊』が新聞で紹介されると、編集者がやってきた。浅見のモデルは当時32歳の担当編集者です。この人が175センチくらいで、ハンサムだけれどやわらかい雰囲気があってかっこよかった。だから最初の浅見は32歳。1年後の『平家伝説殺人事件』で33歳になった。作家で飯を食うなんて思っていないし、2冊で終わるはずだったが、本が売れちゃったので、シリーズとして書くことになりました。

 ミステリー作家では珍しいかもしれないが、僕はプロットを立てずに書き始めます。だから僕も浅見と一緒に、誰が犯人なのかを考えながら書いています。シリーズの良いところは、登場人物の設定を書かずに済むこと。その分物語に注力できる。だから浅見シリーズも、おなじみの登場人物がいて、不安なしに物語に没入し、読者も安心して読めると思う。

 作家仲間に「同じものを書いて飽きないか」と言われることがあります。でも、ただ面白くて書き続けました。115作も書けたのは積み重ねの結果です。実際の生活では、かみさんすら思い通りには動いてくれないのに、小説では登場人物を自由に動かせるんだから、こんな楽しいことはない。

 浅見はやはり僕の分身というか、似ています。政治的な色合いとか、正義感とか。それから彼も僕もフェミニストで、女性に対してはきれい事で済ませようとするんですね。

 《『遺譜』で、浅見は来日したドイツの美貌のバイオリニストのボディーガードを頼まれ、彼女の祖母が戦前、日本人に預けたフルトべングラーの楽譜をめぐる事件に遭遇。ナチスによる芸術への弾圧、旧日本軍も行っていた偽札製造など、戦争が重要なモチーフになっている》

 僕は反戦を声高に言う作家ではないが、戦争の記憶がある最後の世代として戦争のことを書いておいた方がいいと思った。終戦の年、僕は小学5年。当時の中学生は工場で働くなど多少なりとも(国の)お役に立ったが、僕は学童疎開をしていた。負い目があるんですね。だから僕自身の節目にもなる作品を書くに当たって、自然と戦争をモチーフにすることになりました。小説ですが、歴史的な事実も読者に伝えたかった。

 『遺譜』は浅見の「最後の事件」ですが、できれば浅見を結婚させてあげたいと思っている。これまでいろいろな場所で事件を解決してきましたが、僕も浅見とともに出かけて、面白いことがたくさんありました。今の若者は内向きだといわれますが、若い人たちには殻を破ってどんどん外に出ていってほしい。実際にさまざまな土地に出かけ、いろんな人に会うことで得るものは大きい。人生観が変わりますから。

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【プロフィル】内田康夫

 うちだ・やすお 昭和9年、東京都生まれ。コピーライターなどをへて、55年、『死者の木霊』を自費出版。57年から専業作家に。浅見シリーズのほか「岡部警部」シリーズ、「信濃のコロンボ」シリーズなど旅情ミステリーを中心に、著作は約160冊に上り、発行部数は1億冊を超える。

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