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【70年目の夏 大戦の記憶(3)】激戦のルソン島「なぜ自分が生き残ったのか」

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【70年目の夏 大戦の記憶(3)】
激戦のルソン島「なぜ自分が生き残ったのか」

 翌17日、投降した他の日本人将校とともに、米軍のトラックで南部へ向かった。途中、休憩で止まったのはバレテ峠の頂上。「俺たちは、ここで戦った」。英語を話せる日本人将校が警備の米兵に話しかけた。すると米兵は敬意を込め、大声で告げたという。「バレテは死の山だ。諸君は幸運だ。よく生きてきた」。そして、大井さんらにたばこを1箱差し出した。

「帰国させたかった」

 今も思い浮かぶ光景がある。バレテ峠に到着する前夜のことだ。明日からは過酷な世界と考え、部下に「今晩は無礼講だ」と伝えたところ、ある兵隊が歌を歌い出した。

 〈思えばあの日は雨だった 坊やは背(せな)でスヤスヤと 肩を枕に眠っていたが 頬に涙が光ってた〉

 日本に残した子供を思い出していたのだろうか。当時の人気歌手、音丸の歌として知られる「皇国(みくに)の母」の一節だった。

 このとき、改めて一つの重大なことに気付かされたという。「彼らには、親兄弟や妻子がある。みんな無事に帰国させたい。しかし、この戦況では-」。こらえきれない感情とともに、見上げた夜空は朧月夜(おぼろづきよ)だった。

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